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連載昭和事件史

「だまされたんです!」“二重人格の殺人魔”を信じてしまった女中の涙

――劇場型犯罪の“草分け”!? 「八宝亭事件」 #2

2021/02/14
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 両刑事はそれまでの捜査経過と判明した事実を捜査本部に報告。浦島捜査一課長の命令で西野つや子の足どりを追ったが、全く不明だった。

「焦燥した大島刑事は3月5日、単身つや子の郷里に向かい、西豆村の家を訪ねた」。義兄が帰郷しており、つや子も帰ってきているという。義兄夫婦は何も知らないためか、自分たちから「つや子は新聞に出ていた『太田成子』に似ているんですよ」と言って写真を持ち出した。

「義兄が差し出した1枚の写真を見ると、なるほどよく似ている」。大島刑事は迷ったが、つや子本人とも会って確認。義兄がつや子を飯場に連れて行くというので、いったん東京に帰った。持ち帰った写真をすし屋の主人ら目撃者に見せると「よく似ている」と証言したが、「当の山口だけは『これは違う。こんな女ではない』と頭から否定した」。

「犯人はコックさんです」

 3月10日、大島、樋口両刑事は永田町の飯場に行った。つや子が自殺することを恐れていたが、本人は何の屈託もない様子で台所で洗濯をしていた。大島刑事は「ちょっと尋ねたいことがあるので」と言い、永田町巡査派出所の休憩室に任意同行した。

 大島刑事がつつましく座っているつや子に向かい「私があんたに聞きたいことは分かっているね」と静かな口調で言うと、つや子は「すみません」と言いながらその場にわあっと泣き崩れ、しばらくは泣きやまなかった。

 つや子は泣きはらした目をハンカチでおさえながら「私は中華料理店のコックさんにだまされたんです。犯人はコックさんです」と言ってまた泣き崩れた。

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 つや子の告白によると、1950年末からホテル新宿の女中として働いていたが、勤めがつらく、1951年2月13日に同ホテルを辞めた。新宿の旅館に偽名で宿泊。職を探していたが見当たらず、転落して新宿駅辺りで客をあさるようになった。2月20日夜、新宿ガード下で山口と初めて出会った。