文春オンライン

連載昭和事件史

「だまされたんです!」“二重人格の殺人魔”を信じてしまった女中の涙

――劇場型犯罪の“草分け”!? 「八宝亭事件」 #2

2021/02/14

 読売が「山口、凶行を自供」の見出しとともに「犯行の一部を自供するに至った」としたのも同じ意味だろうが、厳密には自供とはいえないだろう。毎日も見出しにはとらなかったが「深夜に至って犯行を自供した」と書いた。

 それまで貴重な情報源としていた人物の逮捕で、各紙ともショックというよりバツの悪さを表すような記事を載せている。

「犯行を自供」という見出しは付いたが……(朝日)

 朝日は「取り調べを受ける山口」の写真を入れ、「人を食った協力ぶり」と書き、毎日は逮捕前夜、同紙記者と同宿していたとして「恐るべき二重人格の殺人魔」と表現。読売は逮捕直前に山口から受け取った「疑われの記」という、犯行を徹底否認した手記を「山口偽りの手記」の見出しで載せた。読売は1面「編集手帳」でも「捜査当局や世間はこの青年に完全にダマされていたということになる」「現実の事件は小説のフィクション(つくりごと)よりも常に奇である」と書いた。しかし「奇」はそれで終わらなかった。

「毛布をはねのけると、山口は口から血をしたたらせて…」

「山口常雄」自殺す けさ築地署の留置場で

 築地事件八宝亭一家4人殺しの容疑者として3月10日午後5時逮捕された元八宝亭コック山口常雄(25)は11日午前4時5分、留置中の築地署第4房で毒物(青酸カリと推定)をのみ、舌をかみ切って自殺を図っているのを井崎看守巡査が発見。直ちに手当を加えたが、同5時半、絶命した。

 山口は逮捕される前から「死にたい、死にたい」と漏らしており、かねてから青酸カリを隠し持っていたものとみられる。なお、犯行については前夜「全ては明日申し上げます」と言って正式な自白は全然行っておらず、事件の真相は彼の死によってヤミに葬られたわけである。

©iStock.com

 これが毎日の3月11日号外の内容。同紙は12日付朝刊でさらに詳しくこう書いている。

 当局は山口が興奮しているので、同夜10時、詳しい聴き取りをやめて留置場に入れ、特に看守を1人増やして見守りに当たらせた。11日午前4時10分ごろ、井崎巡査が立番していると、それまで眠っているように見えた山口が急に頭から毛布をかぶったので『おかしい』と思った同巡査は房内に飛び込み、毛布をはねのけると、山口は口から血をしたたらせているので、応急処置に手ぬぐいを口に押し込み、同僚巡査の手を借り、留置場の外に運び出し、警察医が駆けつけたときはかすかに呼吸するのみで意識はなく、同5時50分ごろ、息を引き取った。

 解剖の結果、死因は青酸化合物による中毒死。朝日には「山口を監房に入れるとき、薬品(アスピリン)入りの小ビンを持っていたので取り上げたが、毒薬はどこかに隠していたらしい」という築地署長の談話が載っている。のちには口の中に隠していたのでは、という推測も出た。

「愛人」に送られた告白の遺書とその行方

 同じ紙面では、各紙とも「犯行には全く無関係」との西野つや子の供述は信用できるとして、山口の単独犯行との見方が決定的となったと報じた。その中では、毎日が山口の遺書について伝えたのが目立った。既に同紙は11日に、山口自殺とともに「申訳ない事をした 愛人に告白の遺書」という号外を出していた。