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連載昭和事件史

《ふすまは一面の血しぶき》一家4人の頭を薪割りで…中華料理店で起こった惨殺事件

《ふすまは一面の血しぶき》一家4人の頭を薪割りで…中華料理店で起こった惨殺事件

――劇場型犯罪の“草分け”!? 「八宝亭事件」 #1

2021/02/14
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捜査も報道も一人に依存していた

 同じ24日付の朝日は「山口の証言から新事実」の見出しで「太田成子と名乗る女が泊まったその夜11時ごろ、女の知り合いという一人の男が被害者宅を訪れ、主人の岩本さんと面接。12時ごろまで話し合い、午前1時ごろ、女と共に階下3畳の間に入った。その男は27、8歳で、濁音の発音がよくできず、長髪、面長だったという」と記述。捜査本部は「犯罪史上にも前例のない“お目見え強盗殺人事件”と断定した」と書いた。

 一方で、それとは矛盾するように、電話の受話器と台所のコップから山口の指紋が検出されたことで「山口にも疑い」が見出しの別項の記事も。

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 同日付毎日は、山口の証言に基づいた捜査の結果として次のように伝えた。「太田成子と“陰の男”は目下のところ、遠くへ高飛びした形跡はなく、都内または近郊にいるものとみられているが、案外現場周辺に隠れているかもしれないともみられるので、刑事たちは終日、銀座、新橋、浅草などの盛り場や都心の旅館、飲食店などをしらみつぶしに捜査している」。捜査も報道も彼一人に依存していた。

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「事件の裏窓」はこう書いている。

「翌日(24日)から、山口は事件現場の周囲に特設された各新聞社の取材本部に姿を見せるようになった。各社とも山口が現れると“ひょっとしたら何か新しい事実を聞けるかもしれない”という気持ちから彼を優待した。『A社に行ったら、ウナギをごちそうになった』『Y社ではビールを飲ませてくれた』。(山口は)そんなことを言いながら、新聞記者連と付き合うようになった」

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 メディアの内部でも「山口は本当にシロか」「クロではないか」と“評価”が分かれていた。それでも、事件についての情報欲しさに彼をおだてて怒らせないようにすることに気をつかったようだ。

「サンデー毎日」3月18日号の「築地四人殺しこぼれ話」は「好人物の山口証人」の見出しで書いている。「捜査本部の事情聴取にも彼は嬉々として応ずるし、容疑者によく似た女が現れて“面通し”を頼まれると、深夜であっても嫌な顔一つせずやってくる。新聞記者に質問されても、茨城弁丸出しで、刑事がそばでハラハラするようなことも平気でしゃべる。彼と会う全ての人は、たとえその前は“クロ”の感じを抱いていた人でも、たちまち“シロ”に変じてしまう。それほど彼は好人物なのである」。まだ捜査中に書かれた記事だが、それにしても……。