「君、その傷はどうしたの」の言葉にぱっと顔色を変えた山口
警察も同様だった。「鑑識捜査三十五年」も「捜査の面でも、記者諸君の取材の面でも、この男を抜きにしては意味がない。私もその例外ではなかった。三拝九拝して車でお迎えし、おそるおそる何百枚の中から女中の似顔を探してもらい、どこが似ているのか指示を受け、その似通っている部分を継ぎ合わせて写真を作るのである」と書いている。
ただ、その後の記述が興味深い。
写真をのぞき込んでいる雇人(山口)の顔を私はじっと見つめた。鼻根部と目の間に擦過傷がある。これは容易につく傷ではない。あの長女が出入り口のところまではいずっており、娘の声を聞いたという本人の言葉。そういったことを推察すると、娘が苦しさのあまり、目を狙ってひっかいたものではないか、と脳裏にひらめいた。『君、その傷はどうしたの』。やんわり当たった。するとぱっと顔色を変え、『君もまたそんなことを言うのか。二、三日前にも、記者でそんなことを言ったヤツがいる。これは酔って電柱にぶつかったのだ。俺がこれだけ協力してやっているのに、こんな不謹慎な記者がいるから、きょう限り応援は断ると社へ談じ込んだ。社では平謝りだったから勘弁したが、君もそうか。俺は君のとこの応援は断る』と、手にしていた写真を投げ出して立ち上がった。
そうなれば「捜査は一頓挫をきたす」と警部は「手をついて謝った」という。