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連載この鉄道がすごい

2021/02/25

genre : ビジネス, 企業

 75ホン対策が生まれた背景に1974年の「名古屋新幹線訴訟」がある。1970年代から騒音や大気・水質汚染などの公害が社会問題になっていた。健康被害に対して立ち向かうという機運もあって、名古屋市の新幹線沿線の市民らが新幹線の運行差し止めを求めた。当時、原告地域の騒音レベルは鉄橋で平均95db、盛土、高架区間で平均80db以上だった。平均だからもっと高いところもあり、鉄橋で100dbを超える地点もあったという。

 名古屋新幹線訴訟は最高裁まで進み、この間に「75ホン対策」が策定されたこともあって1986年に和解が成立した。当時の国鉄は線路設備を改良し、新型車両を導入して「75ホン対策」を達成し、現在に至っている。

 つまり、上野~大宮間の時速110km制限の本来の意味は、「走行音を75ホン以下にするため」だった。見かたを変えると「走行音を75ホン以下にできるなら、速度制限を緩和できる」となる。そこでJR東日本は2018年5月から、荒川橋梁の北側約12kmの区間で吸音板の設置や防音壁の嵩上げなどを行った。車両側も進化しており、開業時と現在ではパンタグラフの数が減った上に、パンタグラフの両側屋根上に防音カバーを取り付けている。

東北新幹線の高速化は防音工事による基準クリア(JR東日本プレス資料より

整備新幹線区間も速度向上の動き

「75ホン対策」と速度制限の関係は、整備新幹線として建設された区間にも当てはまる。整備新幹線は「国が建設し、JRが貸付料を支払う」という枠組みで、東北新幹線の盛岡~新青森間、北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線(鹿児島ルート)、九州新幹線(西九州ルート)が該当する。これ以降に国が建設する新幹線も同じ枠組みだ。これらの路線は、最高時速が260kmに制限されている。これは「75ホン対策」を考慮した速度だった。国は「これ以上の速度に対応する予算は出さない」という方針だ。

 整備新幹線の計画当初、時速260kmは夢のような数値だった。しかし、長い建設期間の間に、名古屋新幹線訴訟は解決し、山陽新幹線では時速300km運転が始まった。それでも整備新幹線の「260km縛り」は残った。国が最高時速260kmという規格で作って貸し出した以上、JRは時速260km以上の速度を出すわけには行かない。