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 モートン所長は焼津入りして被災者らとも面談。読売は3月22日付朝刊でも「対立する調査団」の見出しで、日米だけでなく、日本の各組織同士の“調査合戦”の実態を伝えた。それによれば、モートン所長は「焼津の病院の施設は不十分。(被災乗組員)全員東大に移すよう勧告したい」と語り、第五福竜丸についても「船は極東米海軍が横須賀に曳航して適当に処理したい」と語ったという。

大学などの調査団が現地入りしてさまざまな報告を出した(毎日)

 さらに、同じ紙面では、サンフランシスコ特電(INS)で、ビキニの実験場と東京を視察して帰国したアメリカの上下両院合同原子力委員会委員のパストール(パストアと表記した新聞もある)上院議員の談話が「漁夫の火傷は浅い」の見出しで載っている。

 同議員は日本滞在中、アメリカ側官憲から第五福竜丸の23人についての「あらゆる資料の提供を受けた」としたうえで「残念なことだが、最初の報告は事件を誇張したものであり、漁夫たちの火傷を実際よりもはるかに重いように伝えたことが分かった」と語っている。

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 同議員はその後、コール原子力委員長に「ビキニ水爆実験で日本人漁夫が受けた負傷は大したことはなく、後々まで悪影響を残すようなことはないだろう。最初の報告は不幸にして事実をずっと大げさに誇張したものだ」と報告している(3月24日付読売朝刊)。

東京の病院に入院中の乗組員2人の被害実態を大きく報じた紙面(読売)

乗組員はスパイ!? アメリカの思惑

 アメリカは3月19日に実験の危険区域を数倍に拡大する一方、実験の被害をなるべく小さく見せようとした。パストール議員から報告を受けたコール委員長はさらに踏み込んだ。

 3月24日付産経夕刊には「被爆漁民スパイとも思える コール委員長が重大発言」の見出しでワシントン発AP=共同電が載っている。第五福竜丸の補償について、権限はあくまで議会にあるとしたうえで、最後にこう語っている。

©iStock.com

「日本人漁船及び漁夫が受けた損害についての報道は誇張されているし、これら日本人が漁業以外の目的(スパイの行為を意味する)で実験区域に来たことも考えられないことではない」

 不幸にも久保山無線長の危惧が的中したことになる。第五福竜丸平和協会編「ビキニ水爆被災資料集」によれば、これに先立つ3月18日、原子力委員の下院議員2人が「部外者が放射能によって被害を受けるほど接近できた理由を議会が調査すべきだ」「そうでなければソ連が潜水艦でスパイ行為をするのを防げないことになる」と述べていた。

 この時期、アメリカは東西冷戦のさなか、国際戦略の見直しを迫られていた。

「時事年鑑1955年版」の「各国情勢」によれば、インドシナでのフランス軍の劣勢が明らかになり、ダレス国務長官は中国の出方によっては介入も辞さない決意を表明。1954年1月には、原子兵器で武装した機動部隊を中心に強力な戦略予備軍を確立し、融通自在の反撃態勢をつくるという「ニュールック戦略」で対ソ連封じ込めを進める意思を示した。

MSA協定調印を伝える朝日。日本の防衛力と日米協力が強化されようとしていた

 第五福竜丸事件はその根幹に関わる事態だった。そして、日本との間ではビキニ実験直後の3月8日、日本の防衛力増強と日米軍事提携を約束した「MSA(日米相互防衛援助)協定」が調印されたばかり。実に微妙なタイミングで、日本側には強く出られない事情があった。