身近な存在である「家族」に肉体的暴力、性的暴力をふるう事件は、昨今珍しくない。むしろ「家族という不可視な空間だからこそ、暴力や性をめぐるルールはまったく無視される」と公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏は主張する。
ここでは同氏による著書『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(角川新書)を引用。「家族」を取り巻く虐待の構造的要因を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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全国にあふれている虐待例
児童虐待防止推進月間のシンボルはオレンジリボンであり、DV防止キャンペーンのそれはパープルリボンである。違いは、リボンの色まで変えるのだ。しかし、いつまでも嘆いてばかりいるわけにはいかない。とりあえず、その背景を考えてみよう。
一つの例題として、ある若い夫婦と子ども一人の架空の家族を取り上げることにする。
23歳のアキオは、妻であるミネコと半年前に入籍した。高校を卒業してからパチンコ店でバイトをしていたが、そのころ居酒屋でアルバイトをしていた高校生のミネコと知り合った。アキオの母は、三度目の夫と同居している。アキオとは父親違いの二人の弟がいるが、一人は恐喝で少年院に入っている、三人目の父親は、ひどく酒癖が悪く、気に入らないとアキオを殴りつけた。あまりに度が過ぎるので、バカにされないようにと一度包丁を突き付けてやってから、少しだけおとなしくなった。
ミネコの家庭も似たようなものだ。父親は定職に就かず、パチンコ屋に入り浸り、時々土木作業員をしながら暮らしていた。母親はパートを二つ掛け持ちしながら、ずっと夫の愚痴をミネコに聞かせていた。狭いアパートだったが、不登校の弟が昼間からごろごろしており、家に帰っても自分だけの部屋など望むべくもない。
二人は最初から気が合ったし、家を出たいという気持ちも同じだった。ミネコの高校卒業と同時に、二人のバイト代を合計すれば借りられる、ぎりぎりのアパートを探して同棲を始める。
アキオはミネコが避妊を迫るのをいやがった。ミネコはそんなアキオから捨てられるのも怖く、自己主張するとすぐに暴力をふるわれるのもいやで、言われるままにしていた。まもなく妊娠がわかる。すでに4カ月を過ぎていた。ミネコは「中絶したい」と言ったが、「そんな金なんかねえ」とアキオに一喝された。
実家の母親に相談したが、「ふしだらな娘だ」と吐き捨てられる。めんどうくさいのでそのままにしていたが、居酒屋からは「おなかの大きな子は要らない」と首になった。
アキオは、それでも頑張ってパチンコ店で休日もなく働き続け、入籍すればいろいろな手当も出ると聞かされて、役所に行って入籍した。