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野田政権:△「合格点を出す前に内閣がなくなった」

「財務畑」の長かった野田佳彦氏 ©文藝春秋

―― 続く野田政権の評価はいかがでしょうか。

御厨 官僚を冷遇した民主党政権ですが、野田さんの頃にはそれでも関係が改善され、実務との隔たりが減っていました。ただいかんせん、野田さん自身がずっと財務を経験してきた分、いざ「復興」となると勝手が分からないままだったと思います。

 また、この頃になると政権基盤自体が相当弱体化していたため、復興庁の初代復興大臣に被災地・岩手が地元の平野達男氏が就任し、地元のニーズをうまくくんでいこうとしても、内閣自体が安定しなかった。

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復興庁の初代復興大臣・平野達男氏(右)(2012年02月10日撮影) ©時事通信社

 こうなると、民主党政権の良くないところが余計に前に出てしまう。

 場当たり的な傾向はもとよりありましたが、3・11対応についても「緊急災害対策本部」「被災者生活支援特別対策本部」「復興対策本部」など、「対策」と称して後手のアクションを起こすばかり。結局、数多くの「本部」が乱立しました。

 復興構想会議についても、野田政権の独自性を出そうと試みたのでしょう、新たに復興推進委員会を作ってみたものの、復興全体のビジョンを持っているわけではなく「作りっぱなし」。議員から要求の電話がかかってくることもない。自民党議員のように横やりばかり入れようとするのも違った困難を生みますが、そもそも事態を動かそうとする人がいなかった。

 野田政権自体はもっと評価されるべき点があるにしても、復興に関しては「菅さんよりマシ」の△がせいぜい。それ以上の合格点を出す前に、内閣もなくなってしまいました。

安倍政権以降:○「総理が深く考えなくても物事を進めることができた」

―― 自民党に政権が移った安倍政権以降の評価はいかがでしょうか。

安倍晋三氏。自民党に政権が移ってからは復興が進んだが、首相自身が復興政策に強い意欲を見せたというわけではなかった ©文藝春秋

御厨 自民党政権になると、ゼネコンを中心に物事は動きだしました。自民党の政治家には建設業などに強いコネクションを持つ人も少なくないからです。

 実際に建物を建てて町を復興していこうとしたら、様々な交渉が欠かせません。震災当時は多くの建築系や都市計画系の大学の先生が復興に関わろうとしましたが、官・民・地元と辛抱強い交渉を最後まで続けられたのは土木工学系と現場に明るい建築業者だけでした。

 それゆえ、結果として「大型の箱ものを先行させる」従来型の政策が中心にはなりましたが、ある程度復興の実態は進んだ。そこでの生活をどうするのかという問題は未解決になっていますが、物事を動かした点は評価されるべきで、○が妥当だと思います。

 ただ、合格点といえども、安倍さん自身が復興政策に強い意欲を見せたわけでも、「復興でこれをやり遂げた」というものがあるわけでもありません。「やる気」を最も出したのも、オリンピックのために「原発の状況はアンダーコントロールされている」と発言した瞬間くらい。