つまるところ、「これまでの災害対応の知見」や「ゼネコンとのつながり」というまさに手だれの自民党ならではの得意の手法で、総理が深く考えなくても物事を進めることができたのです。
復興停滞「責任のありか」
―― 震災対応で最大の問題点は何だったのでしょうか。どこが一番責任を負うべきでしょう。
御厨 震災当初でいえば、まず内閣官房が全く機能しなかったことは問題でしょう。
安倍政権以降は官房集中が進みましたが、民主党政権時代、「政治主導」を掲げた鳩山さんはまだしも、菅さんには官房を使うという発想はなかった。
かといって官房長官だった枝野幸男氏や官房副長官だった福山哲郎氏、内閣総理補佐官から原発事故収束担当大臣としてもその後事故と関わり続けた細野豪志氏らが強力に事態を動かしたかといえば、それも違う。
安倍政権以降は情報統制や運営が問題になりましたが、震災という危機を前に実務を担う調整役が機能せず、内閣官房が強力な推進力になれなかったことが、事態停滞の一因になった面は否めません。
また復興全体を通して言えば、復興庁にも問題があった。
災害が起こった場合には、事態を一度に集めて調整する場所が必要になります。ところが、東日本大震災では設置自体に1年かかってしまったうえ、その後の働きについても評価が分かれています。
国側の意見をきけば「復興庁があったから各県の意見を取りまとめられた」と言うでしょう。他方、各県や現場の市町村に聞いてみると、「復興庁は無駄だった」とやり玉に挙げられます。復興庁を通す作業に膨大な時間がかかり、まず都道府県に上げて、復興庁に上げて、ようやく国にたどり着いて……と至る所で滞ってなかなか先へ進めないと批判されるのです。