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「こんな熱い連中がいたのか!」さだまさしがヤンキー支援隊を信頼する本当の理由《被災地支援のいま》

ヤンキーと震災#4

2021/03/13

 2011年3月11日に起きた東日本大震災。未曾有の大災害を目の当たりにし、全国からボランティアが被災地に入った。

 それから今年で10年——。この災害の多い日本で、いまなお被災地支援を続けているのが、NPO法人「BOND & JUSTICE(ボンジャス)」代表の大圡雅宏さんだ。ヒップホップのイベントオーガナイザーで、少々ヤンチャな少年時代を送った大圡さんは、日本全国に散らばるヒップホップ&ヤンキー人脈をフル活用して救援物資を集め、誰よりも早く被災地での支援を行っている。

「これぞヤンキー魂だよね!」

 そう評するのは歌手のさだまさしだ。さだも東日本大震災をきっかけに被災地支援を始め、その後に海外の医療従事者支援のために立ち上げた公益財団法人「風に立つライオン基金」を援用し、毎年のように起きる地震や水害の支援も続けてきた。自らが被災地へ赴き支援活動をする傍ら、「ボンジャス」のような支援団体を資金面から支えてもいる。

 さだまさしとヤンキー。

 水と油のような組み合わせだが、両者が被災地支援で手を取り合っているのは、一体なぜなのだろうか。

さだまさしはリモートで対談

◆◆◆

被災地に100万円「ケタが一個ちがうだろ!」

さだ 元々は「風に立つライオン基金」は、海外でがんばっている医療従事者の方々をサポートできないかと思って設立したの。でも立ち上げてすぐに起きたのが常総の水害。そこで初めて音楽隊を発動して、泉谷しげるさんと避難所に行ったんだけど、最初だからお金なくて100万円しか持って行けなかったの。したら泉谷が怒るんだよ。「ケタが一個ちがうだろ!」って。

大圡 (笑)。

さだ そんなこと言ってもない物はしょうがないじゃない。だから「100万円しかないけど、僕ららしい支援にしよう」って、そのお金で被災者250人の方々にステーキを食べてもらうことにしたの。避難所ってみんなが遠慮しなきゃいけないっていうムードがあるじゃない? でも元気を出してもらいたかったから。

大圡 ボンジャスでもステーキの炊き出しやりました。アメリカの食肉輸出連合会ってとこが支援についてくれてたんで七ヶ浜の国際村っていうところで避難者全員分のステーキ焼いたことあるんですけど、みんな「おお、ステーキだ!」って笑顔になってくれるんです。

さだ 被災者だからってなにも遠慮することないんだよ。

(「BOND & JUSTICE」提供)

大圡 本当にそう思います。自分も「食」って被災地ですごく大事なことだと思ってて、炊き出しは力を入れてます。3.11の時は「石原軍団を越えよう!」って半年間で1万5000食作りました。避難所生活って食しか楽しみがないからみんなすごく喜んでくれるんです。