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“香港から羊羹を5つ、6つずつ持ち帰れ” 水谷功が手を染めた「重機」による裏金作りの真相

『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より #16

2021/03/29

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

 一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。

 彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の2回目/前編を読む)

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一泊二日の電撃弾丸“マネーロンダリング”ツアー

「たびたび悪いけど、すぐにマカオに飛んでくれへんかな。段取りはできとるから」

 水谷建設の水谷功は、その会長時代、心安い取引先や下請け業者たちにそう指図することがしばしばあった。もっぱら2005年から06年にかけての出来事だという。行く先はカジノの賭博場だ。

 ギャンブル好きで知られるゼネコンの談合担当者たちが、海外のカジノで遊ぶケースはめずらしくない。東急建設元顧問の石田充治たちも、年に何度かはギャンブルツアーを組んで海外でゴルフやカジノを楽しんだという。カジノの場合、手っ取り早い行き先が、東南アジアだ。なかでも「東洋のラスベガス」と称されるマカオは、彼らが最も好んだところだった。

 台頭目覚ましい中国の経済力の恩恵もあるのだろう。マカオはカジノの売上で本場のラスベガスを抜き去り、世界トップの賭博場となっている。きらびやかな夜のネオンは不夜城そのものである。ただし、水谷建設のカジノツアーは、通常のゼネコン談合屋たちのそれとは少し様相が異なっていた。

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 夕刻、成田や関空からマカオ入りし、翌日、香港に立ち寄って帰国する─。水谷建設の下請け業者たちは、そんなルートでマカオに通った。たいてい一泊二日の電撃弾丸ツアーだ。なぜそんなに慌しい旅なのか。

運び屋だった下請け業者の証言

 それはカジノに行く目的が別のところにあるからだ。彼らはしばしば裏金の運び屋として派遣された。マネーロンダリングの役割を担っているのである。

「カジノで遊ぶのはいわば目くらましです。本当の目的は香港のホテルに置いてある現金を日本に持ち帰ること。そのため、水谷さんがわれわれに命じていたのです」

 実際に現金を運んだという下請け業者の一人が明かす。マカオから香港経由で日本に帰国するのは、めずらしいルートではない。それだけに、あまり目立たないのだともいう。

 西松建設の政治資金規正法違反事件が発覚した端緒も、海外の裏金を日本に持ち込んだ一件だった。10億円以上の裏金の一部を横領した元担当部長が、会社にばれて怖くなり、たまたま内部告発したのがきっかけだ。そうでもなければ、事件はなかなか発覚しなかったに違いない。この事件以降、海外におけるゼネコンの裏金づくりが一挙に知れわたった。が、その実、西松建設のケースだけでは、ゼネコン業界における地下マネーの実態を語り尽くせない。

 国内の公共事業が減ったうえ、行政や捜査当局の監視が厳しくなってきたため、日本国内での裏金づくりが難しくなったといわれる。そのため建設業者は海外で裏金づくりに励んできた。しかし、裏金がどのようにつくられ、日本に運ばれているのか。そこはいっさい明らかになっていない。水谷建設によるカジノを駆使したマネーロンダリングには、いったいどのようなカラクリがあるのだろうか。