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「イクイネット」と名付けたファイテルのシステムは、同社のホストコンピューターを介して投資家、証券会社、銀行の三者間を結び、2国間にまたがる証券取引データを一元的に処理した。たとえば日本の機関投資家が米国の証券を売買する際、取引にかかわる国内証券会社、現地証券ブローカー、ブローカーの指定銀行、証券会社の指定銀行間の取引及び決済データをコンピューターで一括処理する、画期的なものだ。

 約定から決済までの手続きがオンライン化されるので、いちいち書類を書かなくてもすべての取引が「ファイテル・ナンバー331」「ファイテル・ナンバー567」といった具合に記録される。書類がなくなったり「言った」「言わない」で揉めたりすることもない。

 1985年設立でロンドンに本社を置くファイテルは、米国のソロモン・ブラザーズやメリルリンチなどの国際金融機関、約30社を顧客に持ち、世界の国際間決済の約10%を処理していた。

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(こんなコンピューターの使い方があるのか)

 有馬はいちいち感心しながら資料を日本語に直し、システムの要点を報告書にまとめた。

「この仕事は、企画書を書いた君にやってもらうよ」

 夏休みが終わり、報告書を携えて出社すると、担当役員に呼ばれた。

「報告書はできているね。これから江副さんにファイテルの説明をしてもらうから」

「江副さん」とは江副浩正、リクルートを1960年に起業した創業社長だ。この会社では、社長のことを社長と呼ばない。「さん」付けか、ニックネームの「エゾリン」。

「え、僕がやるんですか?」

「報告書を書いたのは君だろ」

(入社間もない平社員が社長にプレゼンするのか)

 部下に資料をまとめさせて上司が発表するのが日本の大企業の常識であり、平社員が社長に直接説明するなどという話は聞いたことがない。ドキドキしながら社長室に入ると、江副は事前に渡された報告書を貪るように読んでいた。

「これ書いたの、だれ? こんな報告書が書ける人間、うちにはいないだろ」

 明らかに興奮している。

「今月、中途で入社した有馬くんです。彼にまとめてもらいました」

 役員に背中を押され、有馬が一歩前に出た。

「そうか、君が書いたのか。素晴らしい。この会社、大川さんも狙ってるらしいけど、絶対にウチが取るから。この仕事は君にやってもらうよ」