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2021/04/03

「あのスナックの建物は米軍時代からのもの」

 夜の帳が下りるとともに神町を歩いた。昼間は消えていたスナックのネオンが、闇の中にぼんやりと浮かんでいた。ざっと数えたところ、30軒ほどの店が営業していた。田園地帯の田舎町にもかかわらず、スナックの数は多い。やはり米兵が去った後、この地に駐屯する自衛隊が今でも良い客なのだろう。

 そして空港のまわりには、今も果樹園とならんで忽然とラブホテル街が顔を出し、何も知らない人から見たら異景以外の何ものでもないが、この町の歴史を遡れば、このラブホテル街も米軍そして自衛隊のお膝元の色街として形成されてきたのだろうなということで合点がいく。

 夕食がてら、一軒の寿司屋に入った。その前に何か話を聞き出そうとラーメン屋に入ったのだが、店はやけに混雑していて、話を聞ける雰囲気ではなかった。仕方ないので、私は外から様子をうかがい客の姿が見えなかったので、寿司屋の暖簾をくぐったのだった。

「はい、いらっしゃい」

 年の頃50代の威勢の良い店主が、出迎えてくれた。私は上握りを注文すると、かつての神町の売春について調べていると打ち明けた。

「だいぶ、古い人がいなくなっちゃったからね。今じゃ当時のことを知っている人もほとんどいないでしょう。亡くなった親父が生きていれば、いろいろ知っていたと思うんですよ。昔の爺さんたちは、米軍が多かったから、日常の会話に英語が混じっていたなんて聞いてますけど、今じゃそんな爺さんもいないですからね」

 気の良い店の主人は、寿司を握りながらも取材の当たり先を考えていてくれたようで、頼んだ寿司を握り終えると、

「そうだなぁ、この先のスナックのママと、ひとり基地で働いていた老人がいるから、その人ぐらいしか思いつかないなぁ。他にはちょっといないね。スナックの建物は米軍時代からのものだから、そこのママに聞くのがいいんじゃないかね」

「うちぐらいしか昔のことを知っている店はないもんね」

 ラーメンのあとに寿司を食ったこともあり、少々腹がきつかったが、主人に礼を言ってスナックへと向かってみることにした。

©八木澤高明

 そのスナックの外壁はタイル張りで、今時の安普請のスナックの外観とは違い、どことなく重厚感があった。寒さをしのぐため2重になっているドアを開けて、店内に入ると、間接照明で温もりのある空間に年の頃70代と思しき女性がひとりカウンターの中にいた。客が来ることを想像していなかったのか、私の顔を見て、はっとしたような表情をした。

「あらっ、いらっしゃい」

 老婆はすぐに笑みを浮かべ、店を切り盛りするママの表情になった。

「山形の田舎料理でも食べてちょうだい」

 彼女は飲み物を進める前に、手作りの煮物を出してくれた。長年この店を切り盛りしているだけあって、人を和ませる雰囲気があった。飲み物を注文し、間を取ってから、私は米兵がいた頃の神町の歴史を調べていると言った。

「そうなの、不景気でみんな辞めちゃったから、うちぐらいしか昔のことを知っている店はないもんね」