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「小学校の校庭や農家をホテル代わりに…」米兵相手の“派手な服の女性”だらけになった山形の町の戦後史

『青線 売春の記憶を刻む旅』#2

2021/04/03
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米兵を連れ込んだ部屋のいま

 かつては貧乏村と呼ばれた村が、のちに米軍が進駐してきたことにより、大きく様変わりしたのである。パンパンだけでなく、部屋を貸した農民も、誰もが米兵たちに群がった。その時代から建っているのが、今私がいるスナックなのである。ちなみにこのスナックの2階は、パンパンたちが米兵を連れ込んだ部屋だったとも聞いていた。その事実を知っているかママに確認してみた。

©八木澤高明

「私がここを経営する前の話だからな。はっきりしたことはわからないんだぁ。店の2階には6部屋あって、私の部屋以外は物置になっていて、夏休みに孫が泊まりに来る時しか使わないんだぁ。ただ、アパートだったのは確かみたいだね」

 彼女ははっきりしたことはわからないと言う。建物は戦後すぐからのもので、いくつもの小部屋があるとなると、状況的に娼婦たちの連れ込み部屋だった可能性は高いが、いかんせん目撃者がいないので、真相はすでに闇の中である。

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 1時間半ほど店にいたが、客は誰も来なかった。店では土日、アルバイトの女性を使っているのだが、平日はママひとりで切り盛りしているのだという。

「もう辞めようがなって、いつも思ってんだけど、自衛隊の人が2次会で使ってくれたりさ、常連さんもやってくれって言うから、まだ辞められないんだよぉー。米軍がいなくなって、神町も一度ガタガタになって、バブルで盛り返したけれど、いまは本当に厳しいなぁ。昔は給料が入ったらあるだけ使うって人もいたけど、今はそんな人はいないなぁ。それにしても、こんな不景気の時代が来るとは思ってなかったなぁ」

 スナックを出ると、通りに人通りはなく、街灯が道ばたに残った雪を照らしているのだった。

【#3「函館」編を読む】

青線 売春の記憶を刻む旅 (集英社文庫)

八木澤 高明

集英社

2018年10月19日 発売

「小学校の校庭や農家をホテル代わりに…」米兵相手の“派手な服の女性”だらけになった山形の町の戦後史

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