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 だが佐々木が藤井に勝った後苦しんだように、高見もタイトルの重みに苦しんでいた。初代叡王として、叡王戦の知名度を上げるのが自分の使命と、精力的に動き回った。NHK将棋フォーカスの司会も引き受けた。忙しすぎて、今どこにいるか、誰と会っているのかもわからない毎日をすごした。

 将棋の勉強は怠らなかったが、他棋戦では今一歩で、C級2組順位戦も8勝2敗ながら7位に終わった。

 2019年の防衛戦、挑戦者に名乗りを挙げたのはあの永瀬だった。その七番勝負は台湾で戦った第1局がすべてだった。永瀬の角換わり早繰り銀の速攻に対し、居玉で強く反撃して優勢に。だが永瀬は身上とも言える粘り強さを発揮し、高見が最後に根負けした。初戦の逆転負けが響いて後はずるずると敗戦し、4連敗で失冠した。

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 高見は「自分に足りないところを知りました。技術面も精神面も足りませんでした」とあのときを振り返る。

佐々木は負けて自分の勲章だと、納得していた

 2020年、二人に春が来た。佐々木は9勝1敗で藤井と一緒にC級1組を卒業した。高見も9連勝で1局残して昇級を決めた。佐々木はC級1組6期目、高見はC級2組8期目にしての昇級だ。三枚堂もC級2組6期目で昇級を果たし、“3人同時昇級”となった。師匠の喜びぶりは説明する必要がないだろう。

 昇級後の順位戦、佐々木は初戦で藤井と対戦することになった。6月8日の渡辺明棋聖対藤井七段の棋聖戦第1局、午後取材で控室に行くと、佐々木が対局前に来たんだよと職員に聞かされた。コロナ対策のため対局室に入れるわけがなく、拒否されたので帰ったと。まあこれも彼らしい。

 6月25日のB級2組順位戦・藤井戦は名局だった。終盤佐々木が強く寄せ合いに出たが、藤井は絶妙の切り返しで勝利した。佐々木はこの対局は負けて自分の勲章だと、納得していた。将棋世界の「昇級者喜びの声」では、両者ともこの将棋が印象に残ったと述べている。

 佐々木はここから8連勝して、1局を残してB級1組への昇級を決めた。最終局も緩むことなく勝ち、9勝1敗の堂々たる成績だった。

 そして高見も幸運を掴み、「兄弟弟子の2年連続ダブル昇級」という快挙を成し遂げた。

「まさか藤井さんに指名されるとは」

 この原稿を書くにあたって、高見に電話で話を聞いた。

――今年の10月で10年になるけどふりかえってどう?

「棋士になって、たくさんの喜怒哀楽を味わいました。特に後半の5年は良いことと悪いことの両方をタイトル戦で味わいました。幸運にも昇級できて、ちょうどいい区切りで10年経ったかなと」

――アベマトーナメントで藤井二冠に指名されましたね?

「まさか藤井さんに指名されるとは思っていなくてびっくりしました。私の名前をインプットしてくれたんだな、覚えてくれたんだなと嬉しかったです。こんなこと言うともっと自信を持てと言われそうですが(笑)。

 彼と話してみると将棋が『異常に』強いだけの普通の青年なんですよ。東京と大阪の将棋めしは何がいいかという話題で盛り上がりました」

 斎藤、菅井、永瀬ら同世代の活躍について聞くと、「同世代が強いのは励みになります。離されずに食いついていこうと思っています」と語った。