将棋の好きさ加減は尋常ではない
山根女流二段を初心者から育てたのが、松山将棋センターを主宰する児島有一郎さんだ。山根女流二段も「私の将棋の多くの部分は、児島先生に教わった。弱い部分を的確に見抜いて指導してくれた」と話す。児島さんは黒田尭之五段も育て、奨励会員やアマの県代表など強い教え子をたくさん送り出してきた。
児島さんに山根女流二段が将棋センターに通い始めた当時のことを聞いた。
「松山将棋センターの子ども教室の月謝は、週1回コースで3000円、週何回でも来て良いコースが5000円です。ことみさんは最初から週に何回来ても良いコースに入りました。週に2~3回の子が多いのですが、ことみさんは週6回やってきました。親御さんが週1日将棋をお休みする日を作っていたからなのですが、そのうち本人が行きたがって週7日来るように。それからは、修学旅行以外まったく休みませんでした。一度だけ、熱が出て休んだのですが、その時も将棋センターに来ようとして『うつして迷惑をかけるから』とお母さんに連れ戻されたくらいです。たくさんの子を指導してきましたが、そこまで熱心な子は他にいません。中学生で全国大会に優勝し、実績を重ねても、将棋に対する熱心な姿勢はまったく変わらず、毎日将棋センターに通い続けました。何年も続けるのは凄いこと」
では、山根女流二段の才能について、多くの子どもたちを間近で見てきた立場としてどう感じていたのだろうか。
「教え始めた頃、才能はそれほどではないように思いました。しかし、将棋の好きさ加減は尋常ではない。始めて1年経ったころには、女流棋士にはなれるだろうと思うようになりました。うちでは、奨励会を目指す子は『将棋世界』の詰将棋サロン8題(十数手の問題が中心)を1時間で解くように言いますが、ことみさんは低段の小学生の頃からできていました。古典の『詰むや詰まざるや』などもっと難易度が高い詰将棋を勧める一方、5手詰めなどハンドブックシリーズを短時間で1冊200問解くタイムトライアルをやらせたり、棋譜並べも勧めました。全国大会の前など個人指導もよくしました。プロの棋譜を教材に次の一手を当てさせる。当たらなかったらヒントを出す、それでも当てられないと厳しく怒ってしまったりもしましたね。女流棋士のトップになってほしいと期待していました。タイトル挑戦はちょっと遅かったくらいです」
あんなに詰将棋を解いたのに、どうして……
――タイトル戦で有名な山形県天童市のホテル「滝の湯」で全国大会が行われる中学選抜でも、女子の部で2連覇する活躍をされます。同年代の女子にライバル心は持っていましたか。
山根 中学選抜は各県から男子代表、女子代表が集まります。これだけの女子が集まる大会は初めてで、自分のレベルもよく分からず優勝できるとは思っていませんでした。ネットで全国の強い女の子のことを調べて、和田あき女流初段(埼玉県代表)や長谷川優貴女流二段(兵庫県代表)、北村桂香女流初段(京都府代表)などの存在は知っていました。ライバル心はそんなになかったですね。自分は愛媛在住なので、都会の子はおしゃれでキラキラしてる、なんて思ったくらいです。