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「私も詰将棋を愛しています」山根ことみ女流二段が初のタイトル戦で楽しみにしていること

山根ことみ女流二段インタビュー #2

2021/04/26

 高校1年で女流3級になってプロデビューした山根ことみ女流二段は、愛媛から大阪に通いながら順調に昇級、昇段を重ねた。2018年、20歳の時に親元を離れて上京、関東に移籍した。インタビュー後半では、研修会通いや最近の将棋勉強法、上京のいきさつなどを聞いてみた。(全2回の2回目。前編を読む)

山根ことみ(やまね・ことみ)女流二段 愛媛県松山市出身。1998年3月生まれ。2010年、2011年、中学選抜全国大会女子の部優勝。2013年10月、高校1年で女流3級。2019年、勝数規定により女流二段。

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将棋を仕事にしたいという気持ちは小学生の頃からありました

――女流棋士になろうと思ったのはいつ頃ですか。

山根 将棋を仕事にしたいという気持ちは小学生の頃からありました。最初はより強い相手と対局してもっと強くなりたいという気持ちで、奨励会を目指していました。中3で奨励会試験を受けましたが、1次試験(受験者同士で対局)で落ちてしまいました。14歳は奨励会に入るには遅い年齢で、再度受けることは諦め、目標を女流棋士に切り替えました。

――奨励会試験の合格条件は何度か変更されていて、山根先生が中学選抜で連覇した中1、中2のときは、女子の部で優勝しても1次試験免除になりませんでした(男子の部の優勝は、1次試験免除だった)。山根先生が高1のときに、中学選抜女子の部優勝も1次試験免除になり、その制度を利用して、2次試験(現役の奨励会員と対局し、3局のうち1勝すれば合格)も突破、奨励会に入った女子中学生が複数いました。自分が中学選抜で優勝したときに1次免除になっていれば良かったのにとは思わなかったでしょうか。

山根 それも思ったのですが、1次試験突破に必要な勝数も変わりました。自分のときは6戦のうち4勝が必要で、3勝2敗で迎えた最後の対局で負けて不合格に。その後、5戦のうち3勝すれば(他に筆記試験もある)1次通過できるようになって、その条件なら通過できたのにとは思いましたね。

 

――研修会は必要な最低対局数の48局(月2回の例会で1日4局なので、まったく休会しなければ6カ月。最初からB2やC1クラスでも、48局はクラスをキープする必要がある)でC1クラスの女流3級昇級条件をクリアしました。愛媛から大阪に通う大変さを考え、最短で女流棋士になれるよう十分実力がついてから入会されましたか。

山根 最短でなれるようには考えました。松山から車で1時間の東予港へ、そこから夜10時発、朝6時に大阪南港着の夜行フェリーを使うのが安く通う方法でした。女の子1人じゃ危ないと毎回母が付いてきてくれ、交通費は倍かかるわけです。金銭的な負担をかけたくないので、十分実力がつくまで入会を待ちました。