「つけたらあかんわ。ちゃんと1回ずつ洗ったら大丈夫」
「週に何回以上でないとあかんとか決まってるんですか」
「決まってないけど、週3日でもええよ。生半(生半可)ではあかん。できたら専業してほしいね」
「あの~、聞きにくいこと聞きますけど、あれ、つけるんですよね?」
「それはあかんわ。稼ごうと思ったら、つけたらあかんわ」
「え~? そんなアホな。病気心配ですやん」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと1回ずつ洗ったら大丈夫。洗うのあるし」
タカヤマと私は思わず顔を見合わせた。
「ビデ?」
「いや、ちょっと違うけど」
「どんなんやろ。部屋にはベッドとかあるんですか?」
「そんなんないよ。見る?」
となって、赤いカーペットを敷いた階段を2階へ案内された。私もついていく。
広めの廊下をはさんで、右手に4畳半が2室、左手に1室。部屋は畳の上にベージュ色のカーペットが敷き詰められ、敷き布団が置かれていた。敷き布団の上に、畳んだタオルケット。あとは、蒲団なしの炬燵と丸形のクッション。床にエアコンのリモコンが転がっていた。窓には、ビロード地のピンクのカーテン。テレビはない。壁の桟に、おねえさんの着替えだろうか、針金のハンガーにワンピースが3着かかっているだけの、シンプルな部屋だった。
「1人1室なんですか?」
「そう。でも1室だけ、昼の子と夜の子が一緒に使ってる」
「ふ~ん」
私は原田さんに、昔の部屋を見せてもらっているのでそう驚かないが、タカヤマは当然ながら料亭に上がるのがまったく初めてだから、目を白黒させ、
「もう、ほんまにびっくりするわ」
と声に出し、「隣同士の部屋に同時にお客が詰まることもあるの? そんなら、声が聞こえまくりやない」と、率直に口に出してママに訊いている。
「ま、そういうことは滅多にないわね」とママ。
共同トイレのドアを開けると、ぎょっとする光景が……
その直後、階下からお呼びがかかったママは、「好きなだけ見ててええよ」と優しい笑顔を向けながら、私たちより一足先に1階に戻った。「まじ、すごいな」とタカヤマは私に言う。
「風呂なし、トイレ共同やんか。落ちついてでけへんやん。ふつうにホテルに行って、やりたいと思わへんのかな。ここいらに来る客は」
「こういうのが好きな人かておるんちゃう?」と私。
「あのママは何者やねん。昔、客とってはった人と違うか? ぴんときてん」
「どこで?」
「直感や」
こそこそと話す。
「1万円の消費税が、なんで1000円やねん」
「どんな計算や」
廊下にトイレがあったので、ドアを開けて、タカヤマと思わず顔を見合わせた。はっきり言って、ぎょっとした。
段のある和式トイレ。床がタイルの、ひと昔もふた昔も前のタイプだ。タンクが頭上にあり、紐を引いて水を流す。そこまでは百歩譲るとしても、手洗いの蛇口からホースが延びていたのだ。半透明の薄緑色のホース。これが、ママの言っていた「洗うの」なのだ。ビデ代わりなのだ。消毒液も置いてある。“接客”が終わるたび、このホースの先を膣に突っ込み、水で洗うのだ。
「共同で、同じホースを使うっていうこと?」
「そうちゃう? あすこの消毒液につけて」
「しかし、なんぼ洗ても、たとえばイノウエが使ったぬくもりが残ってるホースをあたしが使うこともあり、ってことやんか~」
2人して「げ~」と声をあげて絶句してしまった。