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「やっぱりコワい。やめとく」とおじけづくタカヤマに頼み込み

 面接に行ったのは2009年の12月だった。

 タカヤマは、当日の昼間に「やっぱりコワい。やめとく」と電話をしてきたが、「万が一お客とやらなければならないことになれば、私が代わりにやる」と約束し、必死で頼むと、おじけづきながらも来てくれた。

 飛田に足を踏み入れるのが初めてだったタカヤマは、エリアに入ると、

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「え! わっ! うっ! まじ!」

 と、言葉にならない言葉を連発した。

「びっくりした?」

「井上のことやから、どうせオーバーに言ってると思てたんやんか。けど、ほんまやんか。きれいな子ばっかりやんか。うっ、まじや~、ショック」

 金曜夜8時のかきいれ時に歩く、地元でないのが明らかな女2人づれは嫌がられる。まして、背が高く、宝塚の男役のような出で立ちで、きょろきょろするタカヤマは目立つ。私たちが前を通ると、料亭のおねえさんたちが、次々と、うちわで顔を隠した。

©️酒井羊一

「見せもんちゃうで」

 という言葉も飛んできた。

「蝋人形みたいや」

 とタカヤマ。

場の空気に呑まれたのか、本当のことを答えてしまう

 ようやく「吉元」の前にたどりつき、ママに電話をする。「裏口に来て」と言われ、細い路地を入ると、勝手口があった。ドアを開けて目に飛び込んできたのは、靴、スリッパ、箒、ちりとり、鞄、クリーニング上がりの洋服、段ボール箱。「こっちへ」と案内されたのは、おねえさんが座っている上がり框の裏側の4畳半だった。テレビと炬燵と飾り棚。その上に、新聞、雑誌、広告ちらしなどのペーパー類が置かれている。

 タカヤマと2人でママの向かい側に正座する。

「いいよ、そんな緊張せんかて。足崩してよ。ジュースでいい?」

 とママはにこやかだ。

「あくまでお互いの条件が合ったらということで」と、ここにきて、私はまずエクスキューズする。そして、身元が割れないように「吉田」という名にしようとタカヤマと約束していたのに、すぐに、

「こちらがタカヤマさんです」

 と言ってしまう。

©️酒井羊一

「タカヤマさん、どこに住んではるの?」

「淀川区の塚本です」

 場の空気に呑まれたのか、タカヤマも本当のことを答えている。

「駅はどこ?」

「JRの塚本。大阪駅から淀川渡って1つ目の駅です」

「それやったら、12時前に終わったら帰れるね」と不意打ちが飛んできた。

「いや、次の日ふつうに朝から仕事やから、11時には出たいですけど」とタカヤマ。

 黒のセーターに、革のジャケット。ショートカット。細身のジーパンを穿いたタカヤマの上から下まで値踏みするように見た後、

「48歳にしちゃ若く見える。大丈夫大丈夫」とママ。質問が始まった。

「週に何日くらい来たいていうの、ある?」

「いや、こういう仕事初めてやから、条件とか聞いてからと思って」

「そやね。で、今、何してるの?」

「OLです。ふつうに9時から5時まで会社行って、あと、夜は月曜から木曜までコールセンターのアルバイトに行ってるんですけど」

 これはウソではない。タカヤマは、そうやって健気に働いて一人息子を大学まで卒業させたシングルマザーである。