「試しに今度の日曜でも一回、気軽に座ってみたらいいわ」
階下に降りると、出前のミックスジュースが運ばれてきていた。
「どう? いつから来れそう?」とママ。
「正直いうと、衣装代とか交通費とか考えたら、時給1600円のコールセンターのほうがいいの違うかと思えてきたんですけど」
タカヤマが真面目に答えてくれる。
「そんなことないよ。1600円やったら3時間働いて4800円か。(うちでなら)時間にしたら15分、1人接客するだけで、その額になるよ。タカヤマさん、賢くならなあかんで。試しに今度の日曜でも一回、気軽に座ってみたらいいわ」
「どきっ。いきなりやなあ。ちょっと考えさして。コールセンターのバイトを辞めなあかんし。ちょっと考えて連絡させてもらいますわ。でさ、ママ、ちょっと聞いてもいい? 訛りあらはるやん。どこの人?」
「分かる? 島根。もうこっちきて20年になるけどね」
「まじ? 私も松江」とタカヤマ。
「主人の体がだいぶん悪いから、介護しながら続けてる」
それは奇遇やねえ、とママの顔がほころび、海辺の町の出身だとか、タカヤマが自分の父親は松江郊外の老人ホームに入っているとか、そんな話をひとしきり。その後、タカヤマが、「私、この仕事やっぱり抵抗あるけど、ママの下やったら働きたいような気がするな」とか何とか言い出し、ママをめいっぱい持ち上げ、プライバシーを聞き出そうとしてくれた。
「ママ、いくつ? きれいな肌してる」
「いやいや、もうあと1年で70よ。もう髪も薄くなってきたし、年は隠されへんわ」
「いや、ぜんぜん若く見える。70なんて信じられへん。けど、ママ大阪来て20年って、私のほうが古いやないの。私は18で来てるからもう30年やし。ママ、よう50になってから来たなあ」
「まあいろいろあって」
「飛田長いんです?」
「最初、この近くに来て、それから青春通りのほうでやってたけど、なんか縁があったんやろねぇ。またこっちに戻ってきて……。今は、主人の体がだいぶん悪いから、介護しながら(店を)続けてるの。しんどいよ」
〈50近くで上阪し、飛田へ流れて来た。おねえさんをやっていて、親方に見初められ、後妻に入った。あるいは第二夫人になった。青春通りの料亭を夫婦で切り盛りしたが、夫が病気になり、この場所に戻って来て、今は1人で細々とやっている〉
そういう意味ではないかと、あとでタカヤマと一致した。あくまで想像だが。