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連載刑務官三代 坂本敏夫が向き合った昭和の受刑者たち

2021/05/15

「凶器差し入れ事件」発覚の背景

――1970年3月に起こった金嬉老が欲した凶器の差し入れ事件ですね。明らかに公正な処遇ではないどころか、金嬉老自身が自殺をほのめかしていたし、女囚を自由に部屋に呼び入れることもできる環境において包丁を渡すわけですから言語道断でした。事態を知って驚いた弁護団が面会の際に金嬉老が差し出して見せた凶器の写真を撮って明るみに出したと聞いています。下手をすれば弁護団が共犯者にされかねなかったと。

「このときは、弁護人が記者会見をして公になったことで、検察庁が取り調べに介入し、かなりの事実が明るみに出ました。金嬉老をやりたい放題にさせてしまったのは、所長以下幹部の責任ですが、彼らは自分たちが罪を被らなければならないのに、専属職員として指定した現場職員に違法な特別処遇の責任を取らせたのです。

 当時の法務大臣はこの問題を『綱紀の重大な欠陥』、地検は『所内の規律問題』としましたが、そんなものではない。組織ぐるみです。検事調べの後、現場職員は自殺しました。それを法務省は自分で責任をとって自死したかのように説明しましたが、とんでもない! あれはトカゲの尻尾にされた職員の抗議の自殺ですよ」

――包丁を買ってきてくれ、食材を買ってきてくれと言われて、それを差し出す特別処遇は現場の刑務官の判断でできるのですか?

「刑務所は絶対的な階級が存在する縦社会です。上司の命令又は許可がないと何もできません。必ず指示を仰ぐ申し出が現場の刑務官からあり、その可否を幹部は回答します。小さなことは『希望を聞いてやれ!』と回答したのでしょうが、包丁などの危険物やカメラのような高価なものについては、その判断を回答することさえせずに、幹部は逃げます。

 こうなると上意下達、下意上達という組織と職員間のコミュニケーションが崩壊です。現場の刑務官は、『(保安課長など)幹部の許可を得ている。上司の指示に従わないのなら言いつけるぞ!』と脅されます。こんなことの繰り返しで、幹部も現場職員も深みにはまっていったのです。

 幹部は転勤族ですから、(金嬉老が入所している)静岡刑務所に在職する2~3年だけ、大きなトラブルはなく、勤務すれば栄転が待っているので、金嬉老とは対決しない。見て見ぬふりを決め込んだのです」