「近いうちに会うようにするよ」
その弟のハービーが義明の元を訪ねた。義明は大層な喜びようだったという。かつて自らリクルートし可愛がったアイスホッケー界のスターが、訪ねてきてくれた。鬱々として身を潜める義明にとっては誰より嬉しい訪問者だったのではないだろうか。義明自らがお茶を入れ、菓子や果物を次々に勧めた。昔話に花が咲き、義明は久しぶりに声を立てて笑った。
若林は40年以上にも及ぶ付き合いを通じて、義明の性格を熟知していた。機嫌良く振る舞っている時でも、不用意な一言ですべてが豹変してしまう。若林は義明の表情を窺いながら慎重に話を切り出した。
「社長たちファミリーがつくった会社が西武なんだから、社長達ファミリーがもう一度手をつないでやるのが良いんじゃないですか。僕らはそれが願い。それでもう一度、アイスホッケーをやりましょうよ。それには社長が元気でなくちゃ」
若林は極度に緊張したという。義明にとってファミリーといえば、清二、康弘、猶二の3人しかいない。康弘とはたまに電話でも話す関係が続いていて、義明が牙を剥むくことはほとんどなかった。しかし、清二に対してはまったく違う。劣等感の裏返しなのか、清二の名前を出しただけで猛烈な拒否反応を見せた。若林は終始、義明の好むスポーツの話題を投げかけてはその心を和ませようと努めた。義明はご機嫌だった。昔に帰ったように若林のことを「ハービー」「ハービー」と呼んで、笑顔を見せた。
若林はもう一度、家族の話を持ち出した。残された堤家の人たちが協力して、堤家の手によって西武を復活させてください、と。若林は義明の表情に変化がないか凝視した。その危惧をよそに、義明はこう答えた。
「お前にも心配をかけてすまないな。心配するな、近いうちに会うようにするよ」
「我が耳を疑った」
若林が後でそう振り返ったほど、義明の答えは意外なものだった。あれほど頑かたくなに清二や猶二と会うことを拒んできた義明が、いともあっさり会っても良いと、言ったのだから。若林は小躍りをするように軽井沢を後にした。東京でその報告を聞いた清二や猶二も、自然と顔がほころんだ。義明の凝り固まった心の扉を開けるのは誰か。思い悩んだ末に白羽の矢が立てられた切り札が、若林だったからだ。