「義明君は本当に可哀想な人なんですよ」
西武グループを堤家の手に……。世間の指弾は覚悟の上で、実父が作り上げた西武王国の経営を再び取り戻そうと切望する清二は、若林の再訪に並々ならぬ期待を寄せた。最初の訪問からおよそ1週間後、清二や猶二の励ましを受け、若林は再び軽井沢を訪れた。
「社長の様子を清二さんたちに伝えてきました。とても喜んでいましたよ。社長に会うのを愉しみに……」
若林がにこやかにこう話しかけた時だった。黙って聞いていた義明が、突然怒声を発したのは。
「お前は何様だ。何が清二だ。俺はあんな奴になんか会わない。だいたい、アイスホッケーの選手だろ、お前は。ただのホッケー選手が口をはさむような話じゃないんだ。何様だと思ってるんだ」
逆上した義明の顔は紅潮していた。若林は呆然と赤く膨らんだ顔を見つめ、沈黙するしかなかった。たかがホッケー選手となじられたことがショックでもあった。言葉が出ない。義明の荒い息づかいが聞こえてきた。若林はプライドをボロボロにされて、軽井沢を後にした。
それから3年後の2015年6月、若林は急逝する。密葬の後、関係者のみの「お別れの会」に義明は顔を出したが、早々に会場を後にした。西武王国の“天皇”として君臨し続け、そして全ての権力を取り上げられた義明の精神状態は誰にも推し量れなかった。
「義明君は本当に可哀想な人なんですよ。周りがいけないんだな。大事にされ過ぎて世間のことなんかこれっぽっちも知らないんだな。雨の中に放り出された子犬みたいなもん。可哀想な人なんだ」
義明との面談の可能性について訊ねると、清二は淡々とした口調で、「可哀想な人だ」と何度も呟いた。たしかに義明は西武グループの“天皇”として育てられたが故に、世間からは完全に遊離した存在になっていた。