怒りの中から何度も甦る、アスカの生命力への支持
90年代の人気ラジオ番組を書籍としてまとめた『井出功二のエヴァンゲリオン・フォーエヴァー』の中の投票データを見ると、96年8月の第1回リスナー投票と97年2月の第2回では綾波レイが1位、「シト新生」公開後の97年6月の第3回と、「Air/まごころを、君に」公開後の97年8月の第4回では惣流・アスカ・ラングレーが1位になっている。
『アニメージュ』のハガキ投票と、人気ラジオ番組のリスナー電話投票では方式も観客層も違い単純に比較はできないが、旧劇から新劇場版を経て昨年のNHK特番投票で1位になるに至るまで、アスカへの支持は広がり続けていると言えるだろう。
綾波レイの女性人気とは別の意味で、これも興味深い現象であるとは言える。NHKの特番でも『月刊ニュータイプ』21年6月号のインタビューでも、宮村優子が「アスカは頑張るけど報われない」と語る通り、天才少女としての鮮烈な登場と裏腹に、物語が進むにつれてアスカは宿命のように敗れ続ける。エヴァという物語が最終的にシンジを主人公とした一人称の私小説であり、スターウォーズと同じ父と子の物語である以上、ダースベイダーを倒すのがルーク・スカイウォーカーでなくてはならないように、アスカの勝利が物語を解決することはできないからだ。
「物語の中心はお前ではない、お前には世界を変えることはできない」という呪いのように、父と息子の物語から疎外されたアスカは何度も作品世界のガラスの天井に阻まれ、血まみれで傷つく。森鴎外の私小説と言われる『舞姫』のエリスがそうであるように、アスカは最初から敗れ去る運命にあるのだ。
だが、その物語上の宿命とは裏腹に、宮村優子の絶叫と共に火のような怒りの中から何度も甦るアスカの生命力はいつか、敗れざるエリス、不死の舞姫のように誰よりも観客から支持されるキャラクターに育ってきた。
庵野秀明という映像作家の特異な点は、私小説的な表現の一方で、声優やスタッフなど周囲の人間たちの声に耳を傾け、生きた他者を作品に取り込んできた点にある。旧劇場版を象徴するアスカの最後の拒絶の台詞は、庵野監督から「こうした架空の状況で、もし君なら何と言うか」と問われて宮村優子が返した答えが採用された逸話は有名だ。
自己投影であったはずの碇シンジについてさえ、刊行と共に話題を呼び重版が決定した緒方恵美の自伝『再生(仮)』の中で、完結編の構成・展開について緒方が庵野監督から意見を求められたことが明かされている。