私は「2021年の論点」で、藤井聡太王位・棋聖は今年は「守りの年」になるだろうと予測した。タイトルを取ると環境も変わり、取材や雑務も増えて生活のリズムも狂う。
偉大な先人達もタイトルを取った直後は苦しんだ。
羽生善治九段は1989年に19歳で竜王を獲得したが、翌年はB級2組順位戦では出だし2連敗して昇級を逃し、竜王戦では谷川浩司九段に1勝4敗で失冠している。それから羽生は立ち直り、失冠から4ヶ月後の1991年3月に棋王を獲得し、2018年12月に無冠になるまで、実に27年以上もタイトルの肩書を保持した。
渡辺明名人(棋王・王将)も2004年に20歳で竜王になったが、その年のC級1組順位戦は6勝4敗に終わっている。永瀬拓矢王座は26歳のときタイトル戦3度目で叡王を、豊島将之竜王・叡王はタイトル戦5度目にして28歳で棋聖を獲得した。二冠王になった歳をみても、羽生は22歳、渡辺は27歳、谷川は30歳だ。
18歳の藤井が焦る必要はまったくない。
なので私は、藤井は2つの防衛戦をこなし、順位戦でA級に昇級できるところまで駒を進めれば十分だとつづった。しかし、藤井には「一休み」とか「守り」とかいう考えは無縁のようだ。
加藤一二三九段の予言どおりに
4月16日。竜王戦ランキング戦2組決勝、八代弥七段戦。
藤井は棋士になった当初は角換わり腰掛け銀一辺倒だった。矢倉を採用しはじめたのは2年半経った2019年6月からだ。その後矢倉の採用を増やしており、角換わりと並ぶエース戦法となった。
加藤一二三九段は4年ほど前に「将棋界のトップは矢倉で勝っている。藤井さんがこれから矢倉を熟達するとタイトル取れます」と矢倉を指すよう熱望したが、その予言どおり、棋聖戦と王位戦のタイトル戦では先手番4局中2局で矢倉を採用して勝ち、タイトル獲得の原動力となった。
記者室には読売新聞の写真担当の若杉和希記者がいた。若杉さんは最初は将棋のことをまったくわからなかったが、今や将棋沼にズブズブとはまっていて、竜王戦があるときは欠かさず連盟にいて、対局時の棋士の素晴らしい写真をアップしている。若杉さんは私を見て、「藤井二冠、朝からとても良い顔をしていましたよ」と嬉しそうに告げた。