この1年、私が書いたこと、コメントしたことはことごとく外れた。
(1)戦法が角換わり腰掛け銀に偏っていて、狙い撃ちされやすい(C級1組で9勝1敗の頭ハネで昇級を逃した近藤誠也七段戦での黒星がそれだった。近藤は藤井の角換わり腰掛け銀を徹底的に研究していた)。
→昨年7月9日の棋聖戦第3局で角換わり腰掛け銀が渡辺の研究に狙われ負けて以来、角換わりは採用していない! 先手番の角換わりで通算26勝4敗1千日手と圧倒的な成績を残しながらもだ。今や主軸は矢倉で、9勝1敗。負けたのは2019年の広瀬章人八段との王将リーグ戦のみだ(勝てば挑戦だった)。さらに相掛かりも自在にあやつり、もう藤井イコール角換わりではない。
(2)豊島に6連敗で勝ったことがない。
→朝日オープンで絶妙の終盤術で逆転勝ちして苦手意識を払拭した。
(3)対横歩取りの成績が悪い。
→昨年9月に羽生の横歩取りに負けて以降は6連勝。銀河戦決勝では糸谷哲郎八段の変形横歩取りに完勝。竜王戦の松尾歩八段戦では、「人間の指せる手の限界」絶妙手▲4一銀で勝つ。
(4)30秒将棋での成績が振るわない。NHK杯本戦トーナメントでは4勝4敗。
→昨年、銀河戦で本戦Cブロックで6連勝(最終戦は羽生)、決勝トーナメント4連勝で優勝。
藤井は次々と課題を克服していく。このままでは苦手なのはキノコだけになってしまう。
「羽生名人は他の棋士と何が違うんですか?」
高野と会話していたとき、ふと私の師匠の石田和雄九段の言葉を思い出した。
1995年5月。私の四段昇段祝賀会、石田門下初の棋士誕生ということで師匠はおおいに喜び、したたかに飲んでさらに二次会に。きさくな師匠なので初めて会う方にも自ら話しかけていた。宴もたけなわなころ、私が指導している企業の将棋部の方が、「羽生名人は他の棋士と何が違うんですか?」と尋ねた。すると師匠は急に真顔に戻り「羽生さんはね、高度が、高さがちがうんですよ」と口にした。
「アマチュアの方は地面近くにいる。駒がぶつかったところばかり見て大局を見ていない。しかし我々プロは上から眺めている。局面を正しく俯瞰して最善手を見つけ出す。しかしね、羽生さんはもっと上、雲の上から局面を見ているんですよ。どれだけ先が見えているか、どれだけ遠くまで見越しているのかは私にもわかりません」
その時、「羽生名人は七冠制覇はできますか?」とだれかが聞き、師匠は一瞬口ごもった。
この年の3月、六冠王の羽生は王将戦七番勝負で谷川王将に3勝4敗で敗れ、七冠制覇をのがしていた。これから6つのタイトルをすべて防衛し、さらに王将リーグを勝ち抜いて挑戦者となって王将を獲るなど普通はありえない。私は「それは無理でしょう」と言うと思っていた。
しかし師匠はしばらく間をおいて、「羽生さんならやるかもしれないね」と答えた。
そして翌年2月、将棋界は奇跡を見ることになる。