顔つきが引き締まっていて眼光が鋭い
中継室でこの将棋の観戦記を務める高野秀行六段と話をした。高野と私は、同じ将棋道場出身で同じ釜の飯を食った仲だ。高野の師匠は中原誠十六世名人で、中原は米長邦雄永世棋聖や加藤といったライバルたちを矢倉で破って名人15期という偉業をなしとげた。高野も私も矢倉党なのでこれ以上ない戦型だ。
しかし、我々が中原米長加藤の将棋で学んだ矢倉と藤井の矢倉はまったく違う。玉から金が遠ざかっていき、金銀2枚だけに。しかも八代に穴熊にガッチリと組み換えさせてから仕掛ける。普通なら玉形が違いすぎて実戦的に勝ちにくい。
だが藤井は正確無比な攻めで穴熊を攻略し、差を広げていく。八代に悪手どころか疑問手も見当たらないのにだ。高野も私も藤井を表現する言葉がつきて、ただ苦笑いするだけだった。 結局藤井は自玉に王手すらかけさせずに寄せきってしまった。
これで竜王戦史上初の5期連続ランキング戦優勝を飾り、またも記録を塗り替えた。
終局後、主催紙の許可を得て(コロナなので)、感想戦を遠めに観戦した。特別対局に座る彼を直接見るのは2020年6月28日の棋聖戦5番勝負第2局、妙手△3一銀の将棋以来だ。
若杉さんの言う通り、たしかに1年前とは顔つきが違う。顔つきが引き締まっていて眼光が鋭い。1年前に棋聖戦で挑戦者に決まった後の写真と見比べる。1年でなんという成長か。
インタビューで「うれしいが、決勝トーナメントで結果を出さなければいけないと思っているので、そちらに全力を尽くしたい」と、いつも謙虚な藤井が珍しく決意を言葉にした。
朝日杯将棋オープン戦は参加4回中3回優勝
2021年に入ってから藤井将棋はまたギアを上げた。朝日杯将棋オープン戦では豊島、渡辺、三浦弘行九段と強敵を連破して優勝した。朝日杯は参加4回中3回優勝というとんでもない勝率だ。
また戦法の幅も広げた。相居飛車の戦型は矢倉・角換わり・相掛かりに大別されるが、藤井は相掛かりだけは採用したことがなかった。だが、2月から連取し3勝した。特に順位戦の中村太地七段戦は、中村本人が「敗着がわからない」「ノーチャンスだった」というほどの完璧な内容だった。
リーグ戦では王将リーグこそ永瀬、豊島、羽生に敗れて陥落したが、B級2組は10戦全勝で1期抜けするなど勢いは止まらない。