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「車に勝てたら格好いいじゃんって」

「自分で判断して進んで行くことにプライドを持っています。それで結果が出始めると、大学で(専門の)コーチがいなくてもマイナスには捉えなくなりました。ベストの結果を出すためにグルグルと考えていて、他の選手と比べて変わっているとは思いますね」 

 創意工夫という面で言うと、例えば、中学生の頃から山縣は車と走っていた。これは物の比喩ではなく、実際に走っていた。 

 人通りの少なくなる深夜、家を抜け出すと歩道に立つ。リレーでバトンをもらうような 中腰の姿勢で、後ろから車が来るのを待つ。ヘッドライトが見えて、それが近づいてきたところでスタート。30mほどダッシュする。インターバルを取って、また次の車が来たら走る。これを繰り返す。 

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「運転手には『何だ、こいつ』と思われていると思いますけど。車に勝てたら格好いいじゃんって。夜中の2時、3時とか、人のいない時間に、楽しいですよね」 

©JMPA

「亮太は子どもの頃、犬に追われた時が一番速かった」

 この練習は大学2年ごろまで、タイミングを見て続けていた。車のスピードにもよるが、うまくイメージ通り走れると、なかなか追い付かれないものだという。トップスプリンターの100m の最高速度は秒速11mを越える。日本陸連科学委員会の統計によると、9秒台を出すには、最高速が秒速11.6mを越えることが目安になるとされている。山縣が13年織田記念国際で追い風2.7mの参考記録ながら10秒04をマークした際の最高速は秒速11.57mだった。秒速11mとは時速39.6km。原動機付き自転車と同じくらいのスピードが出ているのだ。 

「感覚を研ぎ澄まして、1歩先の動きをイメージする。うちの父なんか『亮太は子どもの頃、犬に追われた、あの時が一番速かった』とか言いますけど、人間、追い付かれると怖いというか、そういう状況になると無駄な動きをせず走れるものです。世界大会で黒人選手に追われるのと同じような感覚ですよ」 

 練習のビデオを見返しては、どうしたら速くなるか理想の走りを追求し、レースでその1つ1つの動きを完璧に再現する。だから、山縣はレースを「塗り絵みたいなもの」と表現する。「思った色をイメージ通りに塗っていく感じ」なのだという。