父とは斎藤家をモデルに「楡家の人びと」を書いた作家・北杜夫だ。「決して自分の過ちを認めず、『ごめんなさい』も一言も言わない輝子」という孫の記述は、70歳を過ぎて南極をはじめ、世界中を飛び回り、テレビにも登場。「猛女」と呼ばれた女性にふさわしいように思える。「乱倫」の真偽は不明だ。
「大部分ジゴロと言われても文句のない存在なのです」
関連の記事の中で注目すべきは東朝の「教師が悪いか―マダムが悪いか」という見出しの記事だろう。「東京社交舞踏教師会の有力なメムバーであるNホール教師Aの語った話」だ。
私どもの商売はダンス教師と呼ばれていますが、事実は大部分ジゴロと言われても文句のない存在なのです。私どもは所属するホールから一文の定給ももらっておりません。ダンサーが男の客を大切にするように、私たちも……。でなければ生活が成り立ちません。
世間からダンサーの収入を尋ねられる時ほど嫌なことはない。半月も教えてやった娘がつっかけ70円、80円になるのです。それに反して、先生と呼ばれるわれわれの収入のみじめさ。
教師が悪いか、有閑マダム、令嬢に罪があるか。ご婦人方も男の客と同じく種々雑多です。真にダンスの好きな方、映画を見るような軽い気持ちで来る人、そしてまた、歌舞伎の役者に近づきになりたい欲望を、ダンスという近代様式に求めようとする人などなど。お茶に招かれて断れば、その時からサヨナラであることは言うまでもないことです。一度に30枚、50枚とチケットをくれるご婦人のあることは事実です。
教師界の発達、警視庁の監督も必要ですが、最も緊要な対策は、純然たるダンスホールでもなければキャバレーともつかない、現在の中間状態をやめてしまうことではないでしょうか。
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生々しいほどの強烈な事件、それを競い合って報道する新聞・雑誌、狂乱していく社会……。大正から昭和に入るころ、犯罪は現代と比べてひとつひとつが強烈な存在感を放っていました。
ジャーナリスト・小池新による文春オンラインの人気連載がついに新書に。大幅な加筆で、大事件の数々がさらにあざやかに蘇ります。『戦前昭和の猟奇事件』(文春新書)は2021年6月18日発売。