「『ナイルパーチの女子会』、10票……」
票数が発表された瞬間、会場は微かなどよめきと、安堵の吐息とに包まれた。
議論開始から3時間半。発言の機会を求める挙手は止まず、最後は決選投票によって第3回高校生直木賞は『ナイルパーチの女子会』と決まった。鮮やかな逆転劇だった。
今年で3回目を数える高校生直木賞とはそもそも何か。
誤解されがちだが、高校生が書いた小説の中からベストを選ぶ、いわば「甲子園」形式の賞ではない。議論の俎上にあがるのは直近1年間に決定した直木三十五賞の候補作計11作。プロの人気作家が上梓し、直木賞の選考会場で錚々たる選考委員たちが激論を戦わせた作品群だ。それを現役の高校生たちが読み、「自分たちなりの1作」を選ぶ。
賞を企画したのは、明治大学文学部准教授の文芸評論家・伊藤氏貴氏。
「フランスでは、世界的な文学賞『ゴンクール賞』の候補作を約2000人の高校生が読んで議論する『高校生ゴンクール賞』があり、すでに四半世紀以上の伝統があります。この日本版を目指して取り組んできたのが高校生直木賞。回を重ねるごとに参加校が増え、応援してくれる賛助会員企業も23社にまで増えてきています」(伊藤氏)
今回は、北は札幌から南は福岡まで19校、計183人の高校生たちが参加。各校で手分けして候補作を読み、予選会をへて11作を最終候補作6作に絞り込んだ。その上で、各校の代表者19人が集まって、5月4日、文藝春秋で本選考会が行われた。
司会を務めるのは「オール讀物」編集長。予選会の点数が低かった作品から順に討議されてゆく。
門井慶喜『東京帝大叡古教授』。明治を舞台にしたミステリで、「授業で習った言葉や人物名が出てきて読みやすい」「夏目漱石が登場して面白かった」と高校生らしい支持の声がある一方で、「歴史に興味が持てず読むのが難しかった」と率直な告白も。
青山文平『つまをめとらば』は第154回直木賞受賞作。「時代小説だけれど、登場人物の考え方が現代にも通じていて、幅広い人に勧められる」「江戸の女性の尻に敷かれる男たちが面白く描かれている」と男子からの熱い支持がある一方、女子陣営からは「女の人の怖さと言われてもまだぴんとこない。40~60代の男性向けの話では」「出てくる女性が男性の視線を意識した理想像に思える。こんな女の人いるのかな?」との声も。
「既婚者の話が多くて、感情移入しにくい。まだ彼氏のいない子も多いから……」と“大人の小説”に戸惑う声もあり、熱心に推す男子は「女子の共感を得られなかったのが無茶苦茶ショック。女性観が揺らぎました。ちなみにうちのメンバーも誰ひとり彼女はいません」とうなだれた。