脳の働きから、死の直前に幸福感を感じる?
臨死体験というのは、事故や病気などで死に瀕した人が、意識を取り戻した後に語る、不思議な視覚体験です。体験者の多くは、自分の体から心が抜け出して、天井付近から自分の体や周囲にいる人たちを見下ろしたりします。体外離脱と呼ばれる現象です。そして、そのまま心はトンネルを抜けてまばゆい光に包まれた世界へ移動して、美しい花畑で家族や友人に出会ったり、超越的な存在(神)に出会ったりする。
この現象をオカルトではなく、科学的に説明することができるのか。番組ではまず、今アメリカで最も注目を集める臨死体験者で、脳神経外科医のエベン・アレキサンダー氏や、わずか生後1カ月で臨死体験をしたという4歳の男の子の証言などを紹介しました。1991年に私がNHKと作った「臨死体験」(視聴率16・4%)を見た人や、その後に書いた『臨死体験』(文藝春秋、後に文春文庫)を読んだ人なら、あらためて説明されるまでもない内容です。しかし、今回の番組は、前回以上に、臨死体験が起こる仕組みの解明に鋭く迫りました。それが可能になったのは、23年前よりもはるかに進歩した脳科学のおかげです。
臨死体験は死後の体験ではなく、死に瀕した脳の働きによるのではないか? と考えた私は、ミシガン大学のモンゴル人学者、ボルジガン博士を訪ねました。彼女は、マウスの脳に電極を埋めこみ、薬物注射によって心停止を起こした後の脳波を詳しく調べました。すると、心停止後数十秒にわたって、微細な脳波が続くのを確認しました。
これまで心停止すると数秒で脳への血流が止まり、それとともに脳波も止まると考えられていましたが、それは単に測定の感度が低すぎたからだったのです。心臓が止まったあとも数十秒、脳が実は活動を続けるとなると、臨死体験は「死ぬ直前の脳の活動による体験」と考えられるとボルジガン博士はいっていました。今回の番組では示していませんが、博士は脳波だけでなく、心停止後の脳内神経伝達物の詳細な変化を調べており、それによって暖かい光に包まれるような幸福感も説明できるとしていました。