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「私自身、若い頃は、死が怖かった」“臨死体験”を取材した立花隆さんが伝えたい、人間が“死んでいく”ときの気持ち

《追悼》立花隆さんインタビュー#1

2021/06/23
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神秘体験とはなにか

 結局、臨死体験の謎を解決するには、私たちの心とは何なのか、そして心がどのように生まれるのかを明らかにしておかなければ前に進めません。そういう観点から、心の最大の謎である「意識」の正体に迫る最新理論を紹介しました。それがウィスコンシン大学の神経科学者ジュリオ・トノーニ教授の提唱する「意識の統合情報理論」です。

 この理論によると、蜘蛛の巣のように複雑なネットワークを持つシステムならどんなものにも意識が宿ります。生物だけでなく、ロボット、インターネットなど無生物でも意識を持つというのです。この理論は現在、検証が進められていますが、もしこれが正しいと証明されれば、人が死ねば脳のネットワークのつながりが消え、心も消えることになります。

 最後に番組は、人はなぜ神秘を感じるのかという謎に迫ります。臨死体験の中で、最も不思議なのは、その最中に、圧倒的な現実感をもって「超越的な存在」との出会いを果たす「神秘体験」です。いったいどうしてそんなことが起るのか。この謎に取り組むのがケヴィン・ネルソン教授です。死の間際、脳の中の辺縁系(情動、意欲、記憶などに関与している領域)の働きによって、人は白昼夢を見ているような状態になり、幸福感で満たされる。このとき神秘体験をしているのではないか。進化的に古い脳の部分である辺縁系が神秘体験に関わっていることから、ネルソン教授は神秘体験が、実は人間の本能に近い現象ではないかと指摘しました。

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 太古の昔から、人間は死の間際に神秘体験をしてきたのかもしれません。

©文藝春秋

死とは、「夢に入っていくような体験」

 私は番組の最後のコメントとして次のようなことを述べました。

「この取材を終えて、私が強く感じていることは、20年前の『臨死体験』という番組を作ったときにも感じたことですが、死ぬということがそれほど怖くなくなるということです。しかも、前よりも強くそう思います。ギリシャの哲学者にエピクロスという人がいるんですが、彼は人生の最大の目的とは、アタラクシア=心の平安を得ることだと言いました。人間の心の平安を乱す最大の要因は、自分の死についての想念です。しかし、今は心の平安を持って自分の死を考えられるようになった。結局、死ぬというのは夢の世界に入っていくのに近い体験だから、いい夢を見ようという気持ちで人間は死んでいくことができるんじゃないか。そういう気持ちになりました」

 ここで番組は終わりましたが、実は取材した内容をすべて紹介できたわけではありません。総取材量を10とすれば、実際に番組の中に盛り込めたのは3くらいです。残りの7はお蔵入りかというと、そうではありません。元々、このプロジェクトは、NHKスペシャルを1本制作して終わりではなく、関連番組を沢山BSで放送するものとしてスタートしました。今後、BSで関連番組が次々放送される予定です。