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「私自身、若い頃は、死が怖かった」“臨死体験”を取材した立花隆さんが伝えたい、人間が“死んでいく”ときの気持ち

《追悼》立花隆さんインタビュー#1

2021/06/23
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人間の心とはどのように生まれるのか

 さて、番組に話を戻します。死の間際に脳が働くことは確かとしても、なぜ臨死体験の証言者たちは似たような光景、幸福感を語るのか。その謎を解き明かすためには、「人間の心のメカニズム」に踏み込まなくてはなりません。

 私たちは、身体感覚の錯覚を利用して、体外離脱現象を人工的に起させる、スウェーデンのカロリンスカ研究所のH・アーソン博士の実験を紹介しました。

 被験者はまず、ヘッドマウントディスプレイをかぶった状態でベッドに寝かされます。番組では私自身が被験者となりましたが、目の前のディスプレイには私の足が映されています。アーソン博士は棒を使って、私の足をさすります。くり返し棒で撫でられ、その様子を見ているうちに、視覚と触覚が合わさってディスプレイで見ていることがリアルそのものだと思いこみます。だから、アーソン博士がナイフを持ち出して私の足を斬りつけようとしたときは本当にビックリしました。しかし実は、私の脇には人形が寝ていて、ディスプレイに映っていたのは、すべて人形の足に対して行っていたことで、リアルな私の足に対してではありませんでした。それを実験が終ったときにタネ明かしとして見せられてビックリしました。視覚と触覚を切りはなすと、人間は簡単にあり得ないことを信じるようになるのです。同じ装置を使って体外離脱の疑似体験ができるようになっていました。こんな単純な実験で、体外離脱によく似た現象を起せるとは私自身、驚きました。

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©文藝春秋

 この実験でわかったのは、自分の身体内部に自分がいるという感覚は、脳によって作られるということです。アーソン博士は、「体外離脱は、自分の身体を認識する脳内のモデルが崩壊することで起る」と指摘しました。その通りでしょう。

 さらに番組は、日本人初のノーベル医学生理学賞を受賞した利根川進さんによる、マウスに「偽の記憶(=フォールスメモリー)」を植え付けるというショッキングな実験や、ウソの写真を何日もかけてくり返し見せることで、体験したことのない体験を実際に体験したかのごとく人が語り出す心理実験の解説へ進みます。

 脳が高度に進化した結果、人類は豊かな想像力を獲得しました。しかしそれとともに、フォールスメモリーを作る危険性まで背負いこんでしまったという利根川さんの指摘にハッとさせられた視聴者も多かったはずです。人間がこれが真実と思いこんでいる相当部分が、実は自分のリアルな記憶と、学習記憶や、文化文明が与える思いこみやらで合成されたフォールスメモリーのかたまりである可能性があるということです。