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誤った自己実現が悲しい結果を招く

 では、いったいなぜ、人はこのような“負けず嫌い”な状態に陥るのでしょうか? ここには「自己実現の欲求」が関わっています。

 自己実現とは、米国の心理学者アブラハム・マズロー博士が1943年に発表した論文『人間の動機付けに関する理論』の中で唱えた、「欲求5段階説」に出てくる概念です。自己実現の欲求は、生理的欲求をはじめとする人間の欲求の中でも上位にくる欲求で、「自分の能力を最大限に発揮して目標を達成したい」という気持ち。言い換えれば、「自分が潜在的に持っている能力と可能性を実現したい」「自分らしくなりたい」という欲求です。

 マズロー博士は、自己実現の概念を産業心理学に敷衍して、人々が仕事を通じて自己実現できるような環境を作ることが、効率向上につながるため、企業経営や組織のマネジメントにおいて重要だとしました。この考え方は経営理論においてだけでなく、今や個人の生活や教育にまで大きな影響を与えています。一例をあげれば、学生たちは就職活動の際に「自己実現できる仕事をしたい」「仕事で自己実現したい」と言ったりしますが、これはそう教育されてきたからです。学校で学ぶのも、就職するのも自己実現のため。学生だけでなく、社会人である私たちも、仕事はもちろんボランティアや趣味の活動などすべてが、自己実現の一環だと思っていたりします。

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 もともと「自分の能力を最大限に発揮して、目標を達成したい」という欲求があるところへ持ってきて、「自己実現が大事だ」と機会あるごとに言われてきた私たち現代人は、いつの間にか「自己実現こそが、人生における大事だ」「自己実現しなければ、生きている意味がない」と思い込んでしまった、と言っても過言ではありません。そのため、自己実現欲求が誤った方向に動機づけられると、悲しい結果を招くことがあります。

 たとえば、「お客様に喜んでいただくことこそがやりがいだ」という経営側から与えられた価値観を、自分の価値観として取り込み(内面化し)、これこそが自己実現だと思い込んでしまうと、無理なシフトも「お客様のため」と受け入れるようになります。お客様が喜べば、やりがいを感じてさらに無理を重ね、長時間労働でフラフラになっても、まだ仕事を続けてしまいます。

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 やりがいをエサに長時間労働を強いるのは、ブラック企業の常套手段のようですが、ダイエットも同じこと。「やせることで輝かしい未来が手に入る」という外から与えられた価値観を内面化し、やせることこそが自己実現だと思い込むと、自己実現欲求にからめ取られて、ダイエットの呪縛から逃れられなくなります。心の平和や穏やかさから遠く離れ、競争に取りつかれてしまうのです。