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山本五十六の“切望”

 一通は、日米関係の悪化の一途をたどる昭和16年1月7日付けの、海軍大臣及川古志郎大将あての「戦備ニ関スル意見覚」である。

半藤一利氏 ©文藝春秋

 これ以前に海相と会談した山本は、その折りに口頭で申し述べた意見を文字として記録し、後日の証拠として残しておきたかったのである。このなかで、日本海軍が作戦方針として営々と研究してきた対米戦争のさいの「堂々たる邀撃大主作戦」は、これまでしばしば実施された図上演習などの結果をみても、「帝国海軍は未だ一回の大勝を得たることなく、此のまま推移すれば、恐らくぢり貧に陥るにあらずや、と懸念せらるる情勢にて、演習中止となるを恒例とせり」と断じている。こうして明治いらい練ってきた伝統の戦術が必敗のものであることを鋭く指摘した上で、それでもなお戦争の指揮をとれというならば、連合艦隊司令長官として自分が断固としてやろうとする作戦は以下のとおりであると、その意図を明らかにする。

 日米戦争に於て我の第一に遂行せざる可からざる要項は、開戦劈頭、敵主力艦隊を猛撃撃破して、米国海軍及米国民をして救ふ可からざる程度に、その志気を沮喪せしむること是なり。此の如くにして初めて東亜の要障に占居して不敗の地歩を確保し、依て以て東亜共栄圏も建設維持し得べし。然らば之が実行の方途如何。(中略)敵主力の大部真珠港に在泊せる場合には飛行機隊を以て之を徹底的に撃破し、且同港を閉塞す。(中略)月明の夜又は黎明を期し全航空兵力を以て全滅を期し敵を強襲す。

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 そして山本は、この戦法のほかに必敗をとめる手だてはない、と綿々と説き、最後に訴える。

 小官は本ハワイ作戦の実施に方(あた)りては、航空艦隊司令長官を拝命して、攻撃部隊を直率せしめられんことを切望するものなり。

 山本のこの“切望”はまことに正しかった。やってはならない戦争をやれ、というならば、自分が先陣をきり、全力をあげて敵本陣に迫り一か八かの決戦を挑むほかに勝機をつかむことはできない。そう山本は覚悟したのである。しかし、戦時でありながら平時と同じように、官僚化しきった三代目海軍の、硬直した人事がそれを許さなかった。山本の機動部隊司令長官への格下げ人事などとんでもないことであった。