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2021/08/06

source : 文春文庫

genre : ライフ, 歴史, 読書

「これ以上、戦争をつづけることはできない」

「このような武器がつかわれるようになっては、もうこれ以上、戦争をつづけることはできない。不可能である。有利な条件をえようとして大切な時期を失してはならぬ。なるべくすみやかに戦争を終結するよう努力せよ。このことを木戸内大臣、鈴木首相にも伝えよ」

 鈴木首相は天皇の降伏決意の言葉を聞き、その日のうちに最高戦争指導会議をひらこうとあせったが、2、3の構成員の都合がわるく翌朝に延期せざるをえなかった。

 折から決定的な報告が鈴木首相にもたらされた。広島に飛んだ調査団からの正式な「原子爆弾である」とする現地報告である。この知らせをもって、迫水書記官長は総理の室をたたいた。

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「明9日の朝、閣議をひらいて今後の方針をきめねばなりません」

 首相は「そうしましょう」といい、さらにあっさりとつづけた。

「明日の閣議では、私がはっきりいいます。戦争はやめるべきだ……官長、発言の原稿を書いておいて下さい」

 こうして首相の意志が強固にきまったものの、なお終戦の方策は未定のまま、またしても無意味な1日が終ろうとした。いや、無意味などではなかった。それは決定的な1日の終りになった。

 8月9日午前3時、首相官邸の卓上電話が鳴った。迫水書記官長の半ば眠っている耳に投げこまれたのは、同盟通信外信部長の声であった。

「たいへんです! サンフランシスコが、ソ連が日本に宣戦布告をした、と放送しましたぞ」

 夜が明けると、さまざまな情報と閣議での発言草稿をたずさえ、書記官長は首相私邸に飛んだ。鈴木首相は冷然として、「来るものが来ましたね」といった。

 午前5時、私邸には東郷外相も駈けつけてきた。首相はぽつんといった。

「この戦さは、この内閣で結末をつけることにしましょう」

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