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連載昭和事件史

「米国では死刑もの」の“芸人の息子誘拐事件”…“嫌われた人気者”の流した涙

「米国では死刑もの」の“芸人の息子誘拐事件”…“嫌われた人気者”の流した涙

トニー・谷長男誘拐事件 #1

2021/08/08
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 元警視庁捜査一課長・堀崎繁喜氏談「誘拐の目的が身代金欲しさのためならば、これは日本でも珍しい事件だ。社会的に知られた人物や金持ちの子弟を人質にして膨大な金をゆする犯罪は、アメリカでは『キッドナップ』といわれ、組織化されたギャング団さえあった。リンドバーグ事件以後、世論によって、こうした最も卑劣かつ憎むべき事犯には死刑をもって臨むべきだとされ、法律も改正されたほどである。しかし、日本では社会環境も違うため、誘拐事件といっても犯罪の性質や規模がだいぶ異なる。

 今度の事件については内容をよく知らないので何も言えないが、有名人の子どもを狙った計画的犯行となれば珍しい事件だ。

 リンドバーグ事件とは1932年3月、アメリカ・ニュージャージー州で、初の大西洋単独無着陸飛行に成功して世界的なヒーローとなったリンドバーグの1歳8カ月の長男が自宅から誘拐され、身代金10万ドルが要求された。5月、子どもは遺体で発見され、2年後の1934年に大工の男が逮捕された。本人は無実を訴えたが、死刑判決を受け、1936年4月に死刑が執行された。

「30万円でいい」イタズラ電話も

 その後起きたのは、谷家へのすさまじい電話攻勢だった。7月19日付朝日朝刊には、18日午後9時ごろ、電話があり、「おまえは約束を破ったではないか」と谷をなじったという記事が。

谷家にはいたずらも含めた電話が数多くかかり、夫妻をくたくたにさせた(読売)

 同じ日付の読売は、18日午後9時45分ごろに若い男から電話があり、谷が出ると、「弱々しいが聞き覚えのある声が電話の向こうで呼び掛けてきた」と報じた。谷が「どうしている?」と聞くと「コッペパンを水で食べてるの」という答えがあった。数人の男の声が聞こえたという。

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 7月20日は朝から同一人物とみられる男から3回にわたって電話があり、「30万円(現在の約180万円)でいい」とし、後で子どもと金の受け渡し方法を連絡すると話したことが同日付各紙夕刊に載った。うち朝日は、記事本文の冒頭「誘拐事件以来谷さん宅にかかる電話は、お見舞い、いたずらなどひっきりなしだが……」と書いた。

 また7月21日付朝日夕刊は「谷家へ電話しきり 当局てんやわんや」の見出しで「21日も『30万円持って出てこい』という電話がかかり、捜査本部で調べたが、これも全くのイタズラらしく、こんな電話に当局も谷家もホトホト手を焼いている」としている。