文春オンライン

「おかしいやろ。ワシらに人権はないんか」ドキュメンタリー番組の撮影で直面した“ヤクザのリアル”

『さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ』より #1

2021/08/21
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「こんにちは~」

 真っ黒い鉄の扉を開けて、ジャージの若者が、絞り出すような低音で出迎えた。指定暴力団「二代目東組」の二次団体「二代目清勇会」。事務所は、妙な雰囲気だ。閉め切った倉庫のような、タバコで燻されたような、息苦しい空間だ。組員たちは、所在なげにウロウロしながら、視線を向ける。親分の客人だから殺気立つということはないが、眼差しは決して柔らかくない。立ったまま待たされたかと思うと、不思議な間合いで会長室に通され、また待つことになった。

 会長は、なかなか現れない。待ち時間が長いと、想像を搔き立てられる。ここに至るまでいろいろあったが、さて、このあとどうなるのか。いきなり無理難題を突きつけてくるのか。妄想の泥沼。これが、彼ら一流の交渉術ではないかと勘繰ったところで意味がないのだが。

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取材はギブアンドテイクでは成り立たない

 今日は、取材の考え方を伝え、それを丸吞みしてもらえるかどうかを聞きに来ただけだ。相手がヤクザに限ったことではないが、私たちのドキュメンタリーは、取材者と取材対象のギブアンドテイクで成立してはいない。一方的にプライバシーを収奪する危険も孕んでいるし、厳しい批判の対象にしてしまうこともあり得る。だから、取材交渉の時に、耳障りなことも言う。相手の気持ちや要望は聞くが、どんなに世の中に叫びたいことがあっても、それをドキュメンタリーに反映させるかどうかは、終わってみないとわからない。この、「わからないことだらけ」を相手にどう伝えられるかが取材の入り口だ。

 この日は、「謝礼金は一切支払わない」「モザイクはかけない」「番組や撮影素材を放送前に見せない」など決めごとを提示したが、川口和秀会長には何一つ異存がなかった。会長は、真面目に黙って聞いていたが、こちらの話が終わった頃には、ダジャレを放ち続けた。そして、入れ代わり立ち代わり、オジキたちが部屋に入ってきて、それこそワーワー捲し立てることとなった。ただ、私にもこの時に尋ねておきたいことがあったので、間合いを見計らって会長に突っ込んだ。

「暴力団と呼ばれるのは、どういう気持ちですか」

 沈黙。水を打ったような……。オジキたちは、無言で右へ左へ顔を見合わせる。スローモーションみたいに……。そして、会長の口が開いた。