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それは偶然だったのか、それとも……
そこに怪現象は存在しない。
ただ不思議だったのは、その日は朝から土砂降りの雨だったのに、お焚き上げの時間だけは雨がやみ、お焚き上げが終わった瞬間にまたスコールのような雨がドサッと降り、黙祷を終えるとまたピタッとやんで、雲間から太陽が顔を覗かせたことだ。
ただの偶然のタイミングといえばそれまでなのだが、その瞬間その場にいたお焚き上げの参加者全員が、そのあと皆晴れやかな表情で解散していったのは事実である。
それは希望だった。「死」と向き合うことが希望なんだと気づかされた。
「死」を知るための旅に出る
人間がもっとも恐れるものとは何か。それは「死」。現実から目を背けたくなるのは、その延長線上に「死」が存在するからだ。「死」を片時でも忘れさせてくれるものが人間としての娯楽となる。しかし、背けているだけでは永遠に「死」の恐怖からは逃れられない。
だから向き合う。「死」をもっと知る。
人が亡くなった後の場所に住んでいるだけの僕は、そこで亡くなった人自体を知らない。その人がどうやって生きてきて、何を思って亡くなったかを知らない。亡くなってからどうなったかを知らない。その遺族がどう思ったかを知らない。どう今を生きているのかを知らない。
僕にとって「死」はまだまだ知らないことだらけだった。
そうして僕はまず沖縄へ向かった。