文春オンライン

2021/09/18

「外圧」がない競艇界

 競艇界にジャーナリズムは存在しない。毎年、多額の広告宣伝費がBOATRACE振興会や各競艇場の施行者を通じメディアに流れており、民放やスポーツ紙、専門誌は不祥事をことさら大きく報じない。もしムラ社会の一員である専門誌が競艇のタブーを本気で突けば、あっという間に生命線の広告が消え、取材も拒否されて媒体の存続は不可能になるだろう。

 一方、一般のメディアにはそもそも公営ギャンブルをチェックし浄化しようという意識もあまりなく、プロ野球や大相撲の不祥事と比べ、報道量は圧倒的に少ない。こうした「外圧」がない環境も、業界の健全性、透明性の低さにつながっている。

業界の自浄機能はどこまで働くか

競艇の不正は、選手が認めなければバレない

 西川は、増川が「八百長を実行した場合にバレるリスクはないのか」と心配した際、自信をもってこう答えている。

「選手が認めやんだらばれへんわな」

 この言葉はある意味で真実だった。西川は2017年以降何度も公正課に呼び出され、不正を追及されながら、国税と特捜検察が動くまで八百長を継続できた。

 どんなに疑惑があっても、選手本人が否定する限り競走会は「八百長」を断定することはできない――もしそうであれば、競走会は疑惑のある選手について、警察や検察に情報を提供し、捜査させるべきだ。「強制的な捜査権がない」ということを言い訳に八百長選手を放置するのであれば、それはスキャンダルの発覚を恐れた「隠蔽」と同じことである。

 コロナ禍においても、ネット投票の広がりを背景に競艇界は好調な売り上げを維持している。だが、業界があくまで「八百長はもう絶対にない」「不正の証拠はない」と言い張りこの問題を終わったことにするのであれば、どこまで行ってもファンは「八百長グループ」の食い物にされ続け、大多数のクリーンなレーサーたちは「ダークな世界の住人」と色眼鏡で見られるだろう。

 だが、果たしてそれでいいのだろうか。その問いに、業界は答えを出すべきである。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー