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連載昭和事件史

2021/09/26

「教授の長女と付き合うようになってから急に態度がおかしくなり…」

 運転手と女の父親の談話も載せている。

 最近態度急変
 

 日大運転手の父親の話  私は戦時中、神田で機械工場を相当手広く経営していたが、戦災で焼かれ、現在まで失職。3人の子どもを抱えて売り食いをしてきた。息子は月収3100円(現在の約2万6000円)を取っているが、家計を助けるどころか、かえって母親から小遣いをせびっていくくらいだった。けさ(22日)も電車賃30円(同約250円)を持って行った。日大教授の長女との交際前にも北区の女性と付き合っていたが、教授の長女と付き合うようになってから急に態度がおかしくなり、エロ本を読んだり、帰宅時間が不規則になったり、金遣いが荒くなったりして不良じみてきていた。

 まさかあの娘が 教授の談
 

 日大運転手と逃避したのではないかとみられている女は昨年9月から本年3月にかけて関西方面に家出したことがあり、性格は戦後派娘の典型で、父教授は彼女につき、次のように語っている。
 

 きのう、合いオーバー2着とスカート1着を風呂敷に包んで持ち出したので不思議には思ったが、あの子がそんなことになるとは考えられない。現在マネキンとして勤めているピアス化粧品に入る時も父の私と一緒に入社試験を受けに行った。母親とは長崎県で戦災に遭って以来別居しているが、最近住宅が見つかったから、皆で一緒に暮らすことを楽しみにしていた。男女の交際も私には全部打ち明けていたが、日大運転手とのことは話さなかった。

「戦後派娘の典型」と書くあたり、当時のメディアも現在と同様、レッテル張りが得意だったようだ。3紙とも容疑者と女の写真などを掲載。この段階で事件の全体像は見えていた。自分が勤めている大学の、自分も運んでいる金を奪ったのだから、犯行は見え見えで容疑者が割れるのは容易。逮捕も時間の問題と思われたのは間違いない。

連行される日大運転手(右)と調べを受ける教授長女(「画報現代史 戦後の世界と日本第9集」より)

「女にもてたアプレ型やくざの標本 」

 9月23日付夕刊(朝日、毎日は24日付)段階では、朝日と毎日が「運転手も共犯の疑い」「運転手にも疑い」と報じた。佐藤運転手が同僚の容疑者運転手と親しく、示し合わせた疑いがあるということだろうが、後で容疑が晴れる。

 毎日は容疑者を全国に指名手配したことと併せて、容疑者は「最近、五反田、新橋、銀座などでダンスにこり、“ジョージ・ババ”とあだ名されるほど顔を利かせ、女関係も多く、彼をめぐって数名の女が犯罪の陰にあるらしい」と女性関係について詳しく書いている。

 同じ日付の読売は、女のもう1人の恋人として19歳の学生が名乗り出たことを報じている。それによると、8月ごろ、知り合ったが、女には日大運転手の恋人ができたため三角関係となり、9月16日には女の家で3人で会った時、日大運転手から「手を切ってくれ」と迫られた。

 事件があった9月22日午前、女は学生を京橋の喫茶店に呼び出し「きょう家出した。もしものことがあったら、あなたの家に置いてくれ」と言った。午後5時ごろ「寄る所がある」と言って別れたが、その際、女に「今夜やっかいになるかもしれないから、午後9時に五反田駅で待っててくれ」と頼まれ、その通りにしたが、彼女は現れなかったという。

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