文春オンライン

連載昭和事件史

あまりにずさんすぎる現金強奪事件…教授の娘と逃走した美青年が放った“ひどすぎる言葉”

あまりにずさんすぎる現金強奪事件…教授の娘と逃走した美青年が放った“ひどすぎる言葉”

「オー・ミステーク」事件 #1

2021/09/26
note

 捜査で東京駅の一時荷物預り所で教授長女が家から持って出た衣類が発見された。当時は夕刊紙だった東京は24日付(23日発行)で、2人の経歴から「北海道か長崎へ飛ぶ?」という見出しの記事を掲載。他紙の24日付朝刊も「都外へ逃走か」(朝日)、「関西へ飛んだか日大ギャング」(読売)などと報じた。

女性関係のうわさや逃亡説が新聞紙面を騒がせた(東京新聞)

 読売は「美青年・ダンス・英会話・腕力・入墨、 女にもてたアプレ型やくざの標本」の見出しで容疑者の人間像をまとめている。当時の一般的な大人の見方がうかがえて興味深い。

 ちょっと二世のような感じの美青年で、簡単な会話には事欠かぬ程度に英語も操り、レスリング、ボクシングの経験もあり、胸に「ジョージ」と入れ墨しているという典型的な戦後派型やくざで、女にもてたらしく、彼をめぐる女には、一緒に高飛びしたとみられる日大教授長女をはじめ、五反田のダンサー(22)、北区中里の女性(20)ら数名あり、ある女性とは(昭和)23年暮れ、けんかを売ってきた与太者を一撃の下にノックアウトしたことが機縁で結ばれるなど、若い男女の在り方は、いまさらながら捜査当局を驚かせている。

当時の新聞は「アプレ犯罪」を大きく取り上げた(読売)

「日大ギャング捕らわる 逃亡50時間」

 そして、稚拙なドラマはあっさりエピローグを迎える。9月25日付朝刊各紙は一斉に社会面トップで逮捕を報じた。日大運転手名前を冠して「日大ギャング○○捕らわる 愛人と大井に間借 逃亡50時間 旣 (既)に卅(三十)万円費消」が見出しの読売の記事のリード部分は――。

ADVERTISEMENT

 さる22日白昼、銀行帰りの日大ダットサンを襲い、校金190万円を強奪した日大運転手(19)は“高飛び”の捜査当局の見込みを完全に裏切って、品川区大井庚塚町(現大井7丁目)に愛人の日大教授(45)の長女(18)と潜伏しているのを24日午後3時半、密告により大森署が探知。同署では午後4時半、12名の警官を動員して隠れ家を包囲、ものものしい警戒裏に両名を逮捕した。事件発生以来約50時間のスピード検挙だったが、この間に消費した校金は30万円の巨額に達していた。

〝堂々とした態度〟の写真を添え2人の逮捕を伝える読売

 30万円は現在の約250万円。その後の調べで、実際に使ったのは約13万円(同約108万円)と分かったが、それでも50時間のうちに男女2人が遣う金としては巨額だった。犯行の動機については朝日の記事を見よう。

奪ったカバンと金の山(「画報現代史 戦後の世界と日本第9集」より)

 日大運転手は日大教授長女について「彼女もうすうす知っていると思う」と次のように自供した。
 

「彼女のことは好きだった。今月の14日、彼女の父親の留守中に関係ができた。その後も関係を続けていたが、父親に見つかってしかられた。彼女はそれを気にして家を出たいと相談を持ち掛けてきた。金がないので、家出するには何か悪いことでもしなければ金の工面はつかない。後で後悔するようなことはないかと言ったが、彼女は『後悔はしない。決心している』ということだったので、1週間ほど前に心を決めた。ちょうど22日には日大で月給を取りに行くことを知っていたので、(彼女と)夜に落ち合う約束をしてダットサンを襲った」