読み通り順調に進むことが逆に不安なこともある
「先を読んでいると、確かに勝てそうだったし、指し手を進めていくと、その局面に近づいていくんです。あまりに話がうますぎたので、これは自分が逆にはまっているのではないかと考えました。しかし、何回読んでもそうなっている。これでミスだったら後悔はしないと。それでパッと指しました」
ほんとうに棋士は疑り深い。読み手通りに進めば、順調のようでいて、かえって不安がかき立てられる。
「相手が負けようとしているのか、自分が馬鹿なのか、やはりどちらかを考えてしまう。この局面で楽観的な人が羨ましいです。ああ、俺は馬鹿なのだと思っても、どうもそんなに俺は馬鹿ではない。それで勝ってましたね」
この時は、勝ちをほとんど意識していなくて、純粋に将棋を楽しんでいた気もすると語る。勝ったから言えるのか。よくスポーツでゾーンに入ると言うが、そんな状態だったのだろうか。
手のことだけを考えて、きっと、きれいな状態だったのです。
こんなケースはめったに訪れないと言う。対局相手と波長が合うことも大事だそうだ。
何しろ当時の豊島王位とは、竜王戦の挑戦者決定戦を含めて10連戦だった。過去に対局があるだけで波長の合わせ方が分かる。その点、藤井挑戦者とのタイトル戦は、波長を合わせる時間もなく終わってしまったそうだ。
逆転を狙うというのは、ピンチの時だ。
これには精神力がいる。
けれど、粘り続けるのとは違って、何か一筋の光を探そうとすれば、気持ちは前向きになる。
一つでも成果が出れば、明日の自信につながる。
【前編を読む】「藤井さんと比べると、ちょっと…」木村一基九段が明かす“圧倒的才能”をカバーするための“たった一つ”の考え方