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 そこで夏樹くんは親と共に近所の精神科クリニックを受診することになりました。強迫症の診断の下、抗うつ薬(SSRI)による治療が開始されます。幸い、薬物の効果は得られ、症状は軽快し、再び登校できるようになりました。とはいえ、ある程度の症状は残りました。

食事も食べ終わるまでに2時間

 公立中学校に進学した頃から、症状はまた少しずつ悪化し始めました。従来の「読み書き」に関する症状に加えて、机の上の物の配置や食器の置き方、ハンガーのシャツのかけ方、タオルを干す際の左右対称性、等々、生活全般にこだわりと繰り返し行動が出現しました。一つ一つの動作がいちいち止まってしまう、「強迫性緩慢」も目立っていました。

 このような症状に苛まれ、中学校も不登校になりました。ただ、自宅で1日を過ごすようになっても、強迫症状に常に追い立てられる状態は変わりません。食事一つ取っても、お茶碗や皿の位置、箸の置き方などにこだわり、何度もやり直すため、食べ終わるまでに2時間かかるなど、多大なる時間と労力を要するようになりました。

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 このような生活上の苦痛に夏樹くんは耐えきれなくなりました。通院を続けていた精神科クリニックから筆者の外来を紹介され、改めて専門的な治療が行われることになりました。

「気持ちが悪くても行動を止めずに、最後までやり切ること」

 まずは薬物療法として、もともと服用していた抗うつ薬に、新しく「抗精神病薬」も追加しました。すると症状にかなりの改善が認められ、物の配置に関するこだわりも少なくなりました。このことで、夏樹くんの生活はだいぶ楽になりました。このような「生活のしやすさ」を久々に体感できたことの意義は大きかったようで、夏樹くんの治療意欲は高まりました。

 そこでCBTが導入されました。基本的な行動理念は、「気持ちが悪くても行動を止めずに、最後までやり切ること」です。その前提で、課題が順に与えられました。たとえば、積極的に書字や読書に取り組むこと。ノートに文章を書く際は止まらずに最後まで書き切り、本は予め決めた箇所までは止まらずに読み通すこと。食事の場面では「止まらない」ことに加えて、家族の協力の下で「ペーシング(編集部注:時間で行動に制限をかける治療法)」と「プロンプティング(編集部注:他者からの声かけ等により行動の切り替えを促す治療法)」を用い、30分以内に終えることを繰り返し練習しました。服をハンガーにかける際は「やり直しは2回まで」と定め、それ以上は行わずにその場を離れ、仮に気持ち悪さを感じてもやり直しに戻らない、という練習を徹底しました。

 このようなCBTを1カ月ほど続ける中で、徐々に夏樹くん自身で症状を制御できる自信が強まり、生活上の支障も軽減できました。