昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/10/09

上京、朝ドラ、そして『あいのり』

――高校3年生でジュノン・スーパーボーイの賞を受賞して、翌年には早くも連続ドラマに出演されていました。

加藤 高3の終わりくらいに「オーディションを受けてみない?」と言われたのがきっかけで、4月から『アリよさらば』という、矢沢永吉さんが教師役をやったドラマに出ることになったんです。それで急遽、適当にアパートを決めて東京に来たという感じですね。

――そのときは、「これから芸能界で生きていくんだ」という思いで?

加藤 いや、そんな気持ちは全くなかったです。良い意味でも悪い意味でも適当で、「じゃあ、行ってみるか」くらいの感じでしたね。そもそも大学もこっち(愛知県)で決まっていたんです。でも、『アリよさらば』は4月クールのドラマだったから、2月末には撮影に入る。だから入学式も出られなくて。本当は、大学には行きたかったんですけど。

――ただ、そこから芸能界でのお仕事は一気に忙しくなっていきますよね。その中で、特に印象的な作品はありましたか。

加藤 そうですね……。翌年には朝ドラ(『走らんか!』)にも出て、そこで認知度が急に広がった感じはありました。あとはやっぱり『神様、もう少しだけ』は、社会現象にもなったので反響が凄かったですね。

 バラエティで言ったら『あいのり』かな。僕らの世代で言えば『ねるとん』みたいな、本当にみんなが見ていて、次の日に学校行ったら絶対にその話になるみたいな、それくらいの番組でしたよね。

 

芸能界で一番影響を受けたのは「みのもんたさん」

――『あいのり』は、スタートからかなり手応えはあったんですか?

加藤 いや、あそこまでになるとは思わなかったです。初めに出演のお話をいただいたときも、「僕、バラエティとかちょっと自信がないです。迷惑を掛けるかもしれないです」ってスタッフさんに伝えたんです。でも、横に久本(雅美)さんと今田(耕司)さんっていうスペシャリストがいるので、僕はリラックスして気持ちでしゃべればいいというところから始まって。ただ、映像を見たらすぐ感情移入しちゃうんで、面白いことも言えてなかったかもしれないんですけど。

――『あいのり』の反響を感じた瞬間ってどんなときでしたか?

加藤 いやもう、どこへ行っても「次どうなるんですか?」って聞かれましたね。まず、言うわけないんですけどね(笑)。「いや、知ってるんでしょ」とか言われて、そりゃ収録したから知ってるけど、みたいな。

――次の放送を見て下さい、としか言えないですね(笑)。番組が始まったとき加藤さんは24歳で、そこから30代前半まで出演されていましたが、その間に気持ちの変化などはありましたか?

z