工業用品でありながら美しさと緻密さで人の心を奪う、お菓子の缶。

 暮らしのいちばん身近にある芸術品ともいえる「お菓子缶」ひとつひとつが持つ歴史とストーリーを深掘りしているのが、“缶マニア”中田ぷう氏だ。ここでは同氏によるお菓子缶偏愛カタログ『素晴らしきお菓子缶の世界』(光文社)の一部を抜粋。全国各地の厳選お菓子缶を写真とともに紹介する。

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《北海道》日食オーツ

 日食=日本食品製造合資会社は1918年創業。北海道にある、日本で初めてオートミールを製造し、かつ現在も国産オートミールを製造している唯一の会社だ。

左から日食オーツ オートミール、日食ロールドオーツ756円/日本食品製造合資会社
※「日食オーツ オートミール」(写真・左)は2020年11月を以って終了。袋タイプに変更となった。

 なぜシルクハットをかぶったイギリス紳士がプリントされているのか? 多くの人が不思議に思うだろう。これは創設者である戸部佶(ただし)氏が食品加工研究のため英国に滞在した際、イギリス人のシルクハットにステッキ姿が印象に残ったこと、そして彼らを見て紳士たる者の思考、行動、振る舞いに感銘を受け、帰国後、この紳士の姿を商標とすることで今後の会社のあるべき姿を見出そうとしたためだという。

 創業時からあったのは紺と赤で構成された「日食ロールドオーツ」の缶(写真・右)。今見ても洒落ているこのデザインは創業時よりほぼ変わっていない。この缶のデザインを手がけたのも戸部氏だった(イラストは不明)。

 基調色である赤と紺は北海道の旗の色を採用し、さらには北海道の“地図”をパッケージに用い、都市の位置と本社がある琴似村を示した。なぜここまで“北海道”を詰め込んだのか? 創業当時、国内でオートミールという食べ物を知る消費者はおらず、多くの製品は国内に住む外国人や旧イギリス領であった香港、シンガポール、中国の一部に輸出されていた。そのため外国人に北海道が日本のどこに位置しているか理解してもらうため、このようなデザインになったという。

 戦後、販売となった「日食オーツ オートミール」(写真・左)はデザインを一新。紺と赤から新しい時代の明るさをイメージした青(シアン)が用いられた。

《北海道》札幌千秋庵

北のマドンナ6個入缶(現在販売休止)

 1921年、札幌市の駅前通りに「小樽千秋庵」より暖簾分けをされ創業。洋風煎餅「山親爺」や餡入りパイ菓子「ノースマン」は長年、道民のおやつとして親しまれている。千秋庵の独創性にあふれたデザインの原本は、すべて二代目・岡部卓司氏によるもの。現在も昔からあるデザインを活かし、現代向けにアレンジして展開している。

小熊のプーチャンバター飴缶入648円 ※一部店舗、オンラインショップ限定販売

 千秋庵のデザインテーマである「レトロでかわいい/ほのぼの感/昭和のノスタルジーを感じさせるものを残しつつ今につなぐこと」がすべて表現された2つの缶。「小熊のプーチャンバター飴缶入」は“北海道の大空に浮かぶような楽しい気持ちで小熊がウッドベースを奏でる”という構成で、1958年よりこのデザインだ。「北のマドンナ6個入缶」も1985年から現在まで変わらない。“北のマドンナ”のデザインには二代目・卓司氏のヨーロッパへの限りない憧れが投影されているという。