文春オンライン

2021/11/10

勝ちゃんは神経が細やか。豪快に振る舞ってるだけ―夢の共演

「勝(新太郎)ちゃんは、ものすごく神経が細やか。豪快に振る舞ってるだけ。いつもいつも映画のこと、映像のことを考えてて、どうしても現場で口が多くなってね。監督(斎藤耕1)のほかに、もう1人監督がいるみたいになっちゃった。スタッフが混乱してた」

『無宿』(1974年)は、勝新太郎さんが1967(昭和402)年に設立した勝プロダクションが製作し、東宝で配給されました。

 1970年代前半は、『ゴッドファーザー』、『ポセイドン・アドベンチャー』など、ハリウッドの話題作が次々に公開され、邦画は苦戦を強いられていました。危機感を抱いた映画人が打開策を模索し続けるなか、勝プロダクションが、東映所属の高倉との共演を熱望したことで、事態は動いたのです。

©文藝春秋

“スターを貸さない、借りない、引き抜かない”という五社協定が70年代前半に自然消滅したあとも、各社の看板俳優が他社の作品に自由に出演できる状況ではなかったようです。

 勝さんが東映作品『海軍横須賀刑務所』(1973年)に出演することで、暗黙の縛りを乗り越え、高倉が他社への出演を初めて叶えることができたのが、『無宿』でした。

 刑務所を出たばかりの2人(勝新太郎・高倉健)が、足抜けさせた女郎(梶芽衣子)とともに、海底に眠るバルチック艦隊の秘宝を探す物語です。

「海の中に宝探しにいく話だから、潜る恰好をするんだけど、これ(潜水服)はほんとに大丈夫かっていうものだった。1人じゃどうにも着られないし、宇宙飛行士みたいだろ?(笑)

 頭から被る球体にホースがつなげてあって、船の上から酸素が送られるようになってるんだけど、ダメだったら呼吸できないわけだからね。バックアップ態勢なんてないから、潜水服の撮影のときが一番不安だった。映像は抜群にきれいだけどね」

 高倉が、同い年の勝新太郎さんと共演できたのは、この一作のみでした。

【前編を読む】眠っていたら「ドッ、ドッ、ドッ」って地響きが聞こえてきて…高倉健が忘れられない壮絶すぎる“撮影現場”とは

高倉健、その愛。 (文春文庫)

小田 貴月

文藝春秋

2021年11月9日 発売

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