文春オンライン

2021/11/10

重たい雪で、息ができなかった ―転機となった『網走番外地』

「『(網走)番外地』の1本目のとき、北海道ロケで温泉宿に泊まってた。ある朝、(石井輝男)監督が現場で見当たらなくて、部屋にいるらしいっていうんで、僕が迎えに行ったことがあったんだ。まだ寝てて、よくみたら布団にうっすら雪が積もってるんだよ。部屋の窓ガラスが割れてて、そこから雪が吹き込んでるの。そんなのものともせずに寝続けてる姿見たら、切ないなんてもんじゃないんだよ……。いくら予算を削るったって、監督が窓ガラス割れてる宿に泊めさせられてるなんてね。カラーの予定がモノクロになるし。

 この映画の時はとにかくがむしゃらだった。僕が今までやったことがない役を、監督とやらせてもらえるって、頑張れたんだね。それがたまたまヒットした。

 歌は、確か3人が同じ歌をレコーディングして、嫌々歌わせられた僕のが、一番売れた。やってみないと、ほんとに分からないんだよ」

©文藝春秋

『網走番外地』(1965年)は、2本立ての添え物として公開されながら大ヒットし、高倉の代表作の一つとなりました。34歳の時でした。

『網走番外地』は、1959(昭和34)年に日活で一度映画化されています。リメイクを打診された石井監督は、雪の北海道を舞台に、日本版『手錠のまゝの脱獄』(1958年、スタンリー・クレイマー監督)を作りたいと以前から構想を練っていて、自らシナリオを仕上げました。しかし、主役が脱獄犯で、ヒロインも登場しないのでは客をよべないと、予算は大幅に削られます。せめてカラー作品に、と高倉が直談判するも願いは叶わず、石井監督との9作目は、逆境の中でのクランクインとなったのです。

 主題歌の「網走番外地」は、網走刑務所の受刑者たちが歌い継いでいた歌詞を元に作られたものです。そのため日本民間放送連盟により、長く要注意歌謡曲(放送禁止歌)に指定された(1983年廃止)ことも、話題を集めました。