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「これが日本の芸能界の現実ですね」多様性のある社会を目指して活動を続ける東ちづるが直面した“周囲の反応”とは

『東京ルポルタージュ 疫病とオリンピックの街で』より #2

2021/12/16
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積み重ねてきたことが形になる

 やるにしても、断るにしても、どちらにしても安易な決定はできない。オファーを受ける決め手になったのは、「Get in touch」の仲間がこぞって賛成してくれたことだった。「ちづるさん、これまで積み重ねてきたことが大きな形になりますね」と、彼らはチャンスがやってきたと捉え、泣いて喜ぶメンバーもいた。公式に発表された2021年3月9日以降、直接、あるいはインターネット上でも大きな批判は届かなかった。やってきたのは「大会には反対だけど、もし中止になってもこのプログラムだけは残してほしい」「絶対に完成させてほしい」という声だった。

 ひとまず、彼女は賭けには勝った。発表に至るまでのハードルを思い出しながら、安堵するのだった。ハードルとはこのようなものだ。最終的に多少改善されたとはいえ、組織委内部が「多様性」から遠いことに彼女は愕然としていた。多くは「健常者」の男性、それも高学歴のエリートばかりで、似たようなスーツを着用している。会議に女性は彼女一人で、そんな中「多様性」を語るというシチュエーションもあった。

活動の根幹にある言葉に「待った」

 彼女が制作体制のトップになったのは「共生社会の実現に向けて」をテーマとした主催プログラムの一つ、公式名称は「ONE-Our New Episode-Presented by Japan Airlines」。冠パートナー企業はJALだ。彼女の構想は、それを聞いた時から固まっていた。それが発表された「MAZEKOZE アイランドツアー」という企画だった。飛行機に乗り込むと、そこにはドラァグクイーンのキャビンアテンダントがいて、9つの島を次々に案内する。島にはそれぞれに特色があり、障害のあるダンサーやパフォーマーがいて、普段とは違うメンバーと一緒に歌う平原綾香がいて……次々と観客を楽しませる芸を繰り広げていく一本の映画だ。

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 最初に疑問が投げかけられたのは、「MAZEKOZE」という言葉だった。組織委員会サイドから「まぜこぜは秩序を乱すとか、和を乱すと思う人もいるので、この表現は変えてもらえないか」という「お願い」がやってきた。

 ここで彼女は反論する。

「では、秩序とはなんでしょうか。もしみんなが同じ方向を向いている社会を秩序が守られた社会だとするのならば、私はそういう社会は違うと思っています。みんながバラバラな方向を向きつつ、でも支え合うのがまぜこぜな社会なので、まぜこぜという言葉は譲れません」

 タイトルに「まぜこぜ」を使うかどうかを数カ月かけて議論することになったが、そもそも「まぜこぜ」は彼女の活動の根幹にある言葉である。それを使ってほしくない、というのならなぜ依頼してきたのか、という怒りも当然のようにあった。だが、怒りばかりでは何も変わらない。

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