「見せかけのヒューマニズム」には加担しない
キャストが変わるたびに構成は少しずつ変わった。彼女がキャスティングしたものの、過去のいじめなどを理由に参加を辞退することになった絵本作家のぶみを巡る炎上騒動もあった。記者会見で、東は「失敗や間違いをしてしまっても、生き直そうとする人は受け入れる社会が健全、多様性だと考えたが、結果的には私の甘さでした」と率直な思いを語った。編集をすべてやり直し、のぶみの出演する全シーンをカットした。
ドタバタはあったが、結果、出来上がった作品はすべてが多様だった。
東京を象徴する平原綾香の「お祭りマンボ」のカバー、あわせて踊るのは社会に当たり前のように存在していながら、スクリーンやテレビからは無意識のうちに排除されていた人々だ。彼らが同じ場面に同時に映る。日本語ヒップホップと車椅子ダンサーのコラボ、「こびとプロレス」、そしてこびとの役者をいじる東……。映し出されていたのは期せずしてか、狙ってか世界に通じる基準で、かつ日本文化の特徴を巧みに組み合わせたエンターテインメントだった。
意味深な「もやもやさせる」ことを狙ったラストシーンも彼女からの問いかけだ。組織委の森喜朗前会長の女性蔑視発言で当初の予定から、最後はすべてを変えた。このままでは「日本の多様性は広がっていきます」とは言えないと判断したからだ。予定を変えなければ、彼女自身がよく口にしてきた「見せかけのヒューマニズム」に加担することになる。政治の世界でも芸能界でもエンターテインメントの世界でも、多様性のない世界が再生産され、それを当たり前のものとして観客も含めた多くの人たちが受けいれてきたのが日本の社会だ。
それでも少しずつなら変化は起こせる。当初は彼女のもとにやってきた「障害者を見世物にするのか」といった批判は確実に減った。1990年代前半はテレビの中で彼女も笑っていた性的マイノリティーをいじるネタや、容姿をからかうようなことも、「笑えない」ものへと意識は緩やかに変わってきたのが何よりの証拠だ。
どうしても分断は残ってしまうが、一石を投じることで変化を起こせるという希望も同時に残っている。懸案とともに、彼女は走り続ける道を選んだ。変化の先にある未来を信じて。
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